~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -138ページ目

新しきスタートライン 

昨夜、「そろそろ走り出しますか」と書きましたが


~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
本当に走り出すことになりました。
(今日の皆生海岸は薄曇り)

岩見銀山の側にある大森まで行き
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
足形まで取って作った装具は「中村ブレイス社製」


~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
膝前十字靭帯が切れているので、どうしてもこれが必要だったのです。

テコンドーでキョルギ(組手)の試合に出るのを辞めたのも

この膝前十字靭帯が切れているということが大きな理由でした。


~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
ここ皆生温泉は
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
トライアスロン発祥の地


~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔
またここから、7月中旬にスタートします。

まず、軽めに5kmほど走り膝の様子を見ます。
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

さすがに、足形まで取った装具は、ズレない上、疲れません。

膝が前に出る動きも押さえられ、快調に走ることができました。

中村社長、専務、支えてくださった社員の皆さん、ありがとうございました。


僕の心配事

右膝が痛い!?





リ・スタート 〜そろそろ〜

慌ただしさの中

落ち着きを取り戻しつつあります。

今は米子に来ています。

そろそろリ・スタート

走り出しますか

春嵐 〜僕が僕である理由②〜

春嵐 ~僕が僕である理由~の続きです。

そしてその日が来ました。


高校2年生の夏休み


やはり、端材を集める仕事で平野区の工場に来ていました。


この会社が、現在、うちの会社で樹脂看板を作ってもらう協力業者になる事をこの時は知りません。


機械の間を回り、這いつくばってゴミを集め


袋に入れた重たい端材を、切り傷を作りながら運びます。


ようやく、最後の袋をトラックに乗せ、荷台をロープで縛っていると


「おぅ!木下、おまえ何やってんねん!」


突然の声に振り向くと、高校の同級生がクラブ活動の帰りで僕を見つけ声をかけました。


「俺、家その先やねん」


声をかけたその同級生は、サッカー部でエース。女子だけでなく、男子にも評判の人気者でした。


それに比べ、僕は


汚れ、ボロボロの作業着に傷だらけの腕、血が滲んだその手を思わず隠しました。


同級生の視線は、その向こうに向かいました。

それは僕を呼び

地べたに這いつくばり、

両手で箒では集めることのできないゴミを集め袋に入れようとしている父の姿でした。

僕は

この境遇の違いと、ゴミ屋の仕事と、這いつくばる父を見られた事とで

体中から火が出るほど恥ずかしく

泣きたくなる程の想いの中、自らの生まれの不幸を呪いました。


しかし

この時、僕は稲妻のような「気付き」に脳天を突かれ

これが僕の人生のあり方を決める事となりました。

本当に恥ずべきは

「家族を守るためなら地べたに這いつくばることを厭わない背中」を

恥ずかしいと思った僕の心

本当に恥ずべきは

無学で何の後ろ盾もなく、地べたを這うような仕事しか選べなかった父

本当のプライドとは体面ではなく、自らのすべてで、出来る全力を果たし切ること

そうして何十年も続けてきた父を

どこかで軽蔑していた愚かな僕自身でした。

この日を境に

誰かに見られないか、隠れるように手伝っていた家業を

胸を張って働けるようになりました。

汚れても、地べたを父のように這いつくばりゴミを集め

人に笑われる事も蔑まれることも

何も厭わなくなりました。

あの日、あの夏の日

誰からも褒められる事も無い、無名の人生を歩み続けた父の姿に

今、僕が僕でいれる理由を教えられました。

無口な上、口下手で

無学で昭和ヒトケタを絵に描いたような偏屈な父が

平成23年4月14日 他界いたしました。

昨夜の通夜、本日の葬儀にお忙しい中、多数ご臨席いただき

今は亡き父に代わり、改めてお礼申し上げます。

生前、お世話になりました皆様にも厚く御礼を申し上げます。

葬儀に関わり、至らない僕に力を貸して頂いた皆様への感謝には言葉で言い表せません。

本当にありがとうございました。


僕に残された父の言葉

「若いときの苦労は買ってでもしろ。艱難辛苦汝を玉にす」