【1年で一番長い日】〜僕がコロナと戦う理由〜
僕がコロナと戦う理由があります。
とても長い文章ですが、どうしても伝え感謝しなければならない人がいます。
その人の思い出をここに書き残しておきたい、そんな想いです。
あれから1年になります。
うちの従業員の1人が急逝してからです。
彼女は60歳を超えると言うのに、誰よりも働き、誰よりも真剣で、誰より一生懸命な人でした。
そして賢く諦めず、歌を、そして人生を楽しむ事も忘れない人でした。
そんな彼女が倒れたのが一年前の明日。
そのまま目を覚ます事なくこの世を去りました。
倒れる数日前から 「肩が凝る、頭が痛い」 と漏らしていました。
緊急事態宣言下、うちの会社も最低限の機能を残しリモートへ。
彼女は率先して出社し、一番嫌な仕事を買って出たのです。
ある日、疲れているし、休んで下さい、病院へ行って下さいと話していて
「では、明日休んでマッサージにいきます」
の言葉が 僕の聞いた彼女の最後の言葉でした。
深夜に激しい頭痛で倒れ、そのまま入院、緊急手術。
病名はクモ膜下出血でした。
病院へ駆けつけるも、新型コロナのため集中治療室へ入れず、そんな中、ご家族が自分達の会える貴重な10分の時間を僕に下さいました。
変わり果てた姿の彼女に言葉はなく、そしてまた僕も何も、何の言葉をかければいいか分からず、グシャグシャに涙が流れた事しか今は覚えていません。
5日が過ぎ、毎日お見舞いに行くと術後、浮腫んだ顔はすっかりきれいになり、まるで眠っているような穏やかな顔になりました。
「お母さん、本当に頑張り屋だったので奇跡を起こすかも」と息子さんと話し、
その夜遅くに彼女は旅立ちました。
彼女は20年前からの知り合いでした。
こんなに優秀な人なのに、年齢を理由に転職がかなわず、不遇な工場勤めをしていた彼女をスカウトし入社してもらいました。
粉骨砕身、全力全開で人の為に尽くし働き、僕らを、会社を支えてくれました。
会社で二人になったとき、よく彼女はこう言っていました。
「私、この会社が大好き。こんな年を取っているのに拾ってもらって、思いっきり仕事ができるなんて幸せです」と。
でも、実際には年齢関係なく優秀で努力家の彼女に助けてもらっていたのは私たちでした。
そんな彼女は短い生涯を閉じました。
彼女の死について、1年経ち、ようやくお世話になったにも関わらず口を開いてこなかったけれど、報告できそうです。
建築デザイナーの僕が、必死で自分なりに新型コロナウイルス感染症と戦う理由。
それは、彼女に病院へ行くよう促した時
「コロナが怖いから病院に行くのはイヤです」 と言われた言葉。
肩凝り、頭痛がクモ膜下出血のサイン。
それを見逃した僕の責任は大きい。
彼女の上司は無理をさせた自分のせいだと泣きはらしていました。
コロナにかからなくとも、コロナのせいで大切な人を失うのです。
1年前、丁度その頃僕は
「空気中からウイルスを除去すればコロナに罹患する事はない」
という観点からその仕組みと方法を思いつき、ウイルス除去フィルター考案したのでした。
彼女にその事を話すと 「社長!世の中の役に立つ事が出来ますね‼︎」 と我が事のように喜んでいました。
でもね正直、出来るかどうか分からないと思ってました。
しかし、彼女の死をキッカケに必死でと言うよりは、ほぼ、執念に近かったと思います。
たった2ヶ月という、普通では絶対に出来ないようなスピードで開発し、何とか冬に間に合わせようと発売までたどり着きました。
でも無名で弱小、しかも何の実績もない僕は、どこへ行っても懐疑、誹謗、嘲笑されるばかりでした。
それでも必死で日本中飛び回り訴え続けました。
笑われても笑われても、バカにされてもバカにされても、毎日必死で訴え続けました。
確かなエビデンスと実証を重ね、少しづつ採用される所が増え、コロナ重症センターに設置し、上場企業が扱うようになってきました。
日本経済新聞を初め、マスコミが取り上げはじめ、今日、また総合病院での採用が決まりました。
先ほど、彼女の一周忌のお供えを買い終わりました。
いつも我がの事のように喜んでいた彼女に「社長!よくやりましたね!」と褒めてもらえるかな?
でもまだ始まったばっかり。
もう少し見守っていて下さい。
世の中を良くしたい。 その想いを小さく力の無い僕が願ってはおかしいですか?
コロナで儲かった人は居ても、得した人なんて居ない。
ウイルスを空気中から除去する方法を形に出来たのは、他ならぬ彼女のお陰です。
あなたに褒めて貰えるような世の中になれるよう、頑張りますから。
僕にできること
コロナでひっくり返った世界をひっくり返すこと
そして、遠い空でギターを弾きながら歌っているはずのあなたとの約束を果たすこと