ヒッチーでハイキー 〜トンネルに刺激され〜 | ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

ヒッチーでハイキー 〜トンネルに刺激され〜

鳥取県米子市と大阪を行き来する中

おとといの春嵐の中、米子市最大のショッピングモール「AEON MALL」の横で

猛烈な風にあおられ「フリップ芸」かと見まごうほど

バタついた紙には「大阪」の文字

今時「ヒッチハイク」です。

過去、「電波少年」でヒッチハイクが流行ったときにはよく見かけましたが

さすがに最近は見た事がなく

それよりも、猛烈にウインクする行き先文字と、さしている傘がコントのように裏返り続ける様をみて

「三度の飯よりバカが好き」な大阪人は黙ってられないので、そのヒッチハイカー二人をのせることにしました。


乗った2人は高校卒業したばかりの18歳。

話をしてみれば

「どこへヒッチハイクしてたの?」 

「ええ、出雲大社に行って帰りなんです」

「え?どこから来たの?」

「東京です」

「なんで東京から出雲へ??」

「いやぁ~、とんねるずの『出雲大社までヒッチハイク』の番組見て僕らもできるかな~って思って」

若いというのは恐ろしいもので、何の準備もなく芸能人よろしく無謀な旅に出るようです。

しかしながら「旅」とはハプニングなのです

そんな高校の教科書に載っていた言葉を思い出し

乗せた若者と大阪への

ちょっとした旅が始まりました。

「君ら、飯はくったんか?」

「いや、まぁ、あの、その」

食ってないのは明らかです。仮に食べてたとしても、これからの旅路では無理してでも食べておくべき

そう考えて「僕も食べてないからつきあってよ」と

大山パーキングで昼ご飯を食べることにしました。

大山(だいせん)を「おおやま!おおやま!」と騒ぐ彼らと

「好きなもの食べな」の言葉に

豚汁定食の僕を差し置き二人ともカツ丼定食。

さすが、ゆとり世代と感心至極です。

それでも、うまいうまいとカツ丼をがっつく姿は

気持ちのいいものでした。

いろんな話をしながら

普段は一人で殺伐とした旅路も

彼らが東京へ目指し向かうため

一番いいだろうと向かった吹田SAでは

名残惜しい別れが




それは、途中で「僕らのお父さん、どんぴしゃ木下さんと同じ48歳です」 の言葉に

我が子を想うのと同じ気持ちで

「無事彼らを送り届けないと(親御さんに申し訳ない)」そう思ったからです。

無事に吹田に着いたものの

彼らのその後はわかりません。

あえて

旅の途中の彼らの名前は聞きませんでした。

旅とは、そんなふれあう袖と

勝手に思っている僕なりの考え。

ただ、明日の夕方までに帰らないとという言葉に

未だ無事到着の連絡がないことが気がかりです。


僕の袖ふれあう

30歳の年の差

だからこそ親の気持ち

無事着いたのだろうか