初心忘れるべからず 〜いつの間にか逆に〜
「情けは人の為ならず」
この諺を聞くと
「他人に情けをかけるのは、その人が甘えてしまうのでしてはダメ。情けをかけるのはその人をダメにしてしまう」
そう思っている人が多いのではないでしょうか。
元々の意味は
「かける情けは、回り回って自分に還ってくるもの。だから、自分の為にも、周りの沢山の人達へ情けをかけましょう」
という意味です。
長い年月の中で、言葉の意味が変わることは沢山あります。
「滅相もない」=×
「滅相な」=◯
「お茶を濁す」、「仏の顔も三度まで」etc.
我々が知っている言葉が、本当は違う意味の言葉たくさんあります。
その中の言葉の一つ、能の世阿弥が残した
「初心忘れるべからず」という言葉。
現代では
「長年やってなれてしまったり、やり始めた情熱を忘れず、いつまでも若いままのエネルギーで物事に臨め」
という意味にとらえられがちですが
世阿弥が説いた「初心忘れるべからず」とは
20歳には20歳の、30歳には30歳の出来る最大、最高があります。
60歳には60歳の80歳には80歳の出来る最大、最高があります。
初心とは、いつ如何なる年齢、時点の自分であっても
その時の「最高」に挑む心。
たとえ80歳になって20代の頃とくらべて1/3の体力や声、動きしかできなくとも
1/3にできる最高を「初心」忘れることなく挑戦しつづけること。
その場所に立ったときの気持ちで、今有るがままで、今の持てるすべてで注ぐ。
これが初心忘れるべからずです。
つまり、今が初心であり、これからもいつも挑戦しつづけることが
「初心」を忘れないことだそうです。
僕は45歳になって、膝のケガが年齢のせいにしてテコンドーの試合を引退しました。
この話を能の勉強会で聞き
怪我をして、年寄りの体力がない僕が
できる精一杯の挑戦をしないのは
「初心」がないのではと思いました。
僕は、これからもずっと挑戦し続けれる、いや、してもいいんだと
何か心の中にあった間違った抑制が
無くなった気がします。
何時ぞやに無くした僕の心
「初心」
それを忘るるべからず
この諺を聞くと
「他人に情けをかけるのは、その人が甘えてしまうのでしてはダメ。情けをかけるのはその人をダメにしてしまう」
そう思っている人が多いのではないでしょうか。
元々の意味は
「かける情けは、回り回って自分に還ってくるもの。だから、自分の為にも、周りの沢山の人達へ情けをかけましょう」
という意味です。
長い年月の中で、言葉の意味が変わることは沢山あります。
「滅相もない」=×
「滅相な」=◯
「お茶を濁す」、「仏の顔も三度まで」etc.
我々が知っている言葉が、本当は違う意味の言葉たくさんあります。
その中の言葉の一つ、能の世阿弥が残した
「初心忘れるべからず」という言葉。
現代では
「長年やってなれてしまったり、やり始めた情熱を忘れず、いつまでも若いままのエネルギーで物事に臨め」
という意味にとらえられがちですが
世阿弥が説いた「初心忘れるべからず」とは
20歳には20歳の、30歳には30歳の出来る最大、最高があります。
60歳には60歳の80歳には80歳の出来る最大、最高があります。
初心とは、いつ如何なる年齢、時点の自分であっても
その時の「最高」に挑む心。
たとえ80歳になって20代の頃とくらべて1/3の体力や声、動きしかできなくとも
1/3にできる最高を「初心」忘れることなく挑戦しつづけること。
その場所に立ったときの気持ちで、今有るがままで、今の持てるすべてで注ぐ。
これが初心忘れるべからずです。
つまり、今が初心であり、これからもいつも挑戦しつづけることが
「初心」を忘れないことだそうです。
僕は45歳になって、膝のケガが年齢のせいにしてテコンドーの試合を引退しました。
この話を能の勉強会で聞き
怪我をして、年寄りの体力がない僕が
できる精一杯の挑戦をしないのは
「初心」がないのではと思いました。
僕は、これからもずっと挑戦し続けれる、いや、してもいいんだと
何か心の中にあった間違った抑制が
無くなった気がします。
何時ぞやに無くした僕の心
「初心」
それを忘るるべからず