通り過ごしてしまうもの 〜たった3kmの中〜 | ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

通り過ごしてしまうもの 〜たった3kmの中〜

とても慌ただしい日々を過ごしています。

去年、魂を削ってまで出たリンクステコンドー大会が昨日開催され


そんなことが遠い昔のような今日


降りそうな雨の前に長居公園に走りに行きました。


正直、走るの苦手で、2kmも精一杯だったのですが、7kmまで距離を伸ばして来ました。

とにかく膝のことを考えると、怖くて無理できず

7kmぐらいで走るのを辞めていたのが実際かもしれません。

今日は何とか10kmまで行きたいと、走っている途中で思いました。

7kmを越えたぐらいから、体が重く、足も進みづらくなってきました。

元々「いつ辞めてもいいんだ」という気持ちで走り始めたのですが

今は「辞めたくない」と考えています。

走りながらぼんやり思い出していました。



去年、あれ程過酷な練習をして、魂削るほどの思いでテコンドーの試合に出た事

確かに、砕けよとばかりに痛めた左足で、試合終了まで蹴り続けた時

自分より20歳以上も若い大学生達に、砕けよとばかりに蹴る時

僕は確かに「自分自身に負けない」という気持ちで一杯に満たされていました。


そんな事を思い出しながら走っていると

先ほどまで重かった体が

違和感を感じ始めた膝が

くじけそうだった心が

突然、楽になって快調に走っていました。

気づけば、振る両腕が

「ファイティングポーズ」となって走っていました。

そして、体の軸のブレも小さくなり、先ほどまでとは打って変わって効率よく走っています。


いつの間にか、僕の中から「自分に負けない」という心が無くなっていたことに気づきました。

体やケガのせいではなく、あれ程自分の中にあった「戦う意思」を無くしていたから

僕は走れなかったのだと気づきました。


自分自身と激しく戦っていた時のことを思い出したとき

体がその記憶に反応し、無意識に戦う形となり、そのまま走っていたようです。


自分の中に、いつの間にか無くした気持ちを取り戻した後は

これまで7kmを上回る快調さで10kmを簡単に走り切りっていました。

多分、もっと走れるんだろうなと感じました。


気づいた事

築いた事

確かにあったもの

人生の中で何度も何度も忘れたり、失ったりしながら

何度でも、同じ思いを気付き直して生きて行く

それは決して恥ずかしいことではなく

当たり前のことだと思います。

本当に怖いのは

そのことに気づかず通り過ぎてしまうことだと

つまらない、たった3km走る中でしたが

通り過ぎず気づきました。


僕が教えられたこと

ファイティングポーズを取れということ