つづいてるカレンダー 〜僕が建築と向かい合った日〜⑤
長くなりましたが、「つづいてるカレンダー ~僕が建築と向かい合った日~④」
の続きです。
金額すら分からないのに「契約だ!」と言われました。
F様は「すべて、木下くんに任す」と一切合切掛け値なしで任されました。
僕の建築人生の中で、本当に一切合切すべて任されたのは善し悪し別にして20年間で約1000件ほどのうち
わずか2件。
そのうちの一つです。
よく、まぁこんな若造にすべて任そうと思われたなぁ、今ではそう思います。
建物の計画は、当時勤めていた大手住宅メーカーの規定から外れる箇所がいくつも含まれており、難航を強いられました。
建築ド素人の僕は、会社の「設計マニュアル」を必死で読み「マニュアルの裏」を見つけ、その規定外をグレーゾーンに変えて、何とか元々のプランで建てれるようにしました。
この後、味をしめた僕は、さまざまマニュアルの隙を突き、メーカー本社はそれに対しマニュアルを付け加えのイタチごっこ。
ある日、本社から「こら!お前のせいでマニュアルの印刷し変え、し変えで1000万円以上かかってるんだぞ!」
と、怒られました。
お客様の為に考えたらこうなった
これが制限される、この会社がだんだん窮屈になってきたのもこの時期でした。
話は戻って、F様邸は完成しました。
これまで自社で作ったデザインや間取りとしては、展示場以外許してもらえないようなことがいくつも入っており
自分にこんなことが出来るんだと、建築において初めて正しい自分の大きさと向かい合った日でもありました。
F様にはこの家を非常に気に入っていただき、いつお伺いしてもまるで新築のようにお家がきれいにされていました。
「木下くんがな、いつ商談中のお客様をつれて『お家見せてください』って来ても大丈夫なようにしてあんねん」
本当か冗談か分からないような、子供みたいな笑顔でおっしゃられました。
僕はお客様に育てられています。
学校の先生も、建築家の師匠もいませんので
お客様に育てて頂きました。
目の前にいる人に、家族にどうすれば喜んでもらえるか?
この人達になって頭の中を理解できれば、きっと喜んでもらえるものができるはず。
建築の知識も経験も何も無い僕が、
人生の生き方で真剣に悩んだこれまでの経験をもってなら、出来る唯一の方法だったのです。
朧げながら現したこの事が、20年後、僕の建築の基となりました。
会社辞め、現在の仕事に就くまで、F様とは親しくおつきあいさせていただいておりましたが
さすがに忙殺状態で、ご挨拶に伺うこともままならず、年賀状程度になってしまいました。
それでも、毎年このカレンダーを送って頂き、またこのカレンダーを貰う度に、今では遠い思いでとなってしまった「僕が初めて自分の建築と向かい合った日」を思い出します。
「木下くん、初心忘れたらあかんで!」そんなF様の声が聞こえてくるように毎年、カレンダーはつづいています。
僕にできること
少しは形になったのかな
金額すら分からないのに「契約だ!」と言われました。
F様は「すべて、木下くんに任す」と一切合切掛け値なしで任されました。
僕の建築人生の中で、本当に一切合切すべて任されたのは善し悪し別にして20年間で約1000件ほどのうち
わずか2件。
そのうちの一つです。
よく、まぁこんな若造にすべて任そうと思われたなぁ、今ではそう思います。
建物の計画は、当時勤めていた大手住宅メーカーの規定から外れる箇所がいくつも含まれており、難航を強いられました。
建築ド素人の僕は、会社の「設計マニュアル」を必死で読み「マニュアルの裏」を見つけ、その規定外をグレーゾーンに変えて、何とか元々のプランで建てれるようにしました。
この後、味をしめた僕は、さまざまマニュアルの隙を突き、メーカー本社はそれに対しマニュアルを付け加えのイタチごっこ。
ある日、本社から「こら!お前のせいでマニュアルの印刷し変え、し変えで1000万円以上かかってるんだぞ!」
と、怒られました。
お客様の為に考えたらこうなった
これが制限される、この会社がだんだん窮屈になってきたのもこの時期でした。
話は戻って、F様邸は完成しました。
これまで自社で作ったデザインや間取りとしては、展示場以外許してもらえないようなことがいくつも入っており
自分にこんなことが出来るんだと、建築において初めて正しい自分の大きさと向かい合った日でもありました。
F様にはこの家を非常に気に入っていただき、いつお伺いしてもまるで新築のようにお家がきれいにされていました。
「木下くんがな、いつ商談中のお客様をつれて『お家見せてください』って来ても大丈夫なようにしてあんねん」
本当か冗談か分からないような、子供みたいな笑顔でおっしゃられました。
僕はお客様に育てられています。
学校の先生も、建築家の師匠もいませんので
お客様に育てて頂きました。
目の前にいる人に、家族にどうすれば喜んでもらえるか?
この人達になって頭の中を理解できれば、きっと喜んでもらえるものができるはず。
建築の知識も経験も何も無い僕が、
人生の生き方で真剣に悩んだこれまでの経験をもってなら、出来る唯一の方法だったのです。
朧げながら現したこの事が、20年後、僕の建築の基となりました。
会社辞め、現在の仕事に就くまで、F様とは親しくおつきあいさせていただいておりましたが
さすがに忙殺状態で、ご挨拶に伺うこともままならず、年賀状程度になってしまいました。
それでも、毎年このカレンダーを送って頂き、またこのカレンダーを貰う度に、今では遠い思いでとなってしまった「僕が初めて自分の建築と向かい合った日」を思い出します。
「木下くん、初心忘れたらあかんで!」そんなF様の声が聞こえてくるように毎年、カレンダーはつづいています。
僕にできること
少しは形になったのかな