振り上げた拳をあえて受ける勇気 〜あなたは一人ではない〜 | ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

振り上げた拳をあえて受ける勇気 〜あなたは一人ではない〜

人は自分に似ている人が嫌いだそうです。

潜在的に「似ている」と感じると無意識に嫌悪感をあらわにする生き物らしいです。

「自分」のことは愛してやまないのですが、似て非なるものの存在が許せない、そうらしいです。

確かに、僕も「この人何か嫌だな」と思う人

タイプは違えど、僕に似ていました。

人間はそんな「似た者嫌い」があるにも関わらず、自分の中に「もう一人の自分」を持っています。

彼(彼女)は自分の中にある、ダークサイドを形成していることが多く、自己確立が進めば進むほど

そのダークサイド担当の「もう一人」も人格形成が確立していくようです。

子供の時はそれほどでも無かった「もう一人」も大人もアラフォーを越えてくると随分具体的な人格形成をしているようです。

でも自分の中にある為、そして知らず知らずに成長して来たものなので

普段「もう一人」を気づかない。

そして

この「もう一人」の方がだんだん表の人格に影響力をもって来始め

現実世界に迷いや悩みを生み出し始めます。

憎み、嫌い、見たくもないと思っても自分と同体を切り離すことができません。

だから、誰しもが、あれほど自分を愛していても、自分が嫌でダメな人間と

人に聞かれれば言ってしまう。

人は自分の為には頑張れません。

何故かわからないですけど、人は誰かの為にしか頑張れません。

自分自身の為に頑張れる人

それはもう一人の自分の為に頑張れる人。

いつもネガティブでダークサイドで、悩み、苦しみ、ねたみ、嫉みを抱えた「もう一人」の自分の為に頑張れる人です。

あなたには「もう一人」いる、確実に。

この人生の中で、ずーっと、あなたの、僕の苦しみをずーっと抱え込んでいてくれた自分自身がいます。

僕は彼に触れます。

怒りの中で生きること苦しみの中で跳ね返すこと

今日、彼と僕の人生の中、もう一人の自分に「許すこと」

僕が彼が二人で一つの自分が自分自身を許すこと

よく考えてみます。

いつも誰かに責められること、それは自分自身がもう一人の自分を責めることで救われ

いつも誰かに悩まされること、それは自分自身がもう一人の自分を悩ますことで気が楽になり

今日、そんな自分を、そんな自分達を「許し」たいと思います。

今日、頬にこぼれ落ちた涙のある人も

今日、報われないと腐る人も

今日、取り返しのつかない過去に怒る人も

すべてもう一人の自分を苦しめながら、自分自身に帰ってきていること



僕が言いたかったこと

苦しめても、苦しめられても、つらくても辛く当たられても、泣かされても泣いても、叩きのめされても立ち直れなくても、明日希望がもてなくても未来を塞がれても


今日の自分を許してあげて欲しいこと


人を憎まずに生きるには、自分を人を許すしかないこと