学ぶとは ~犯罪にならない盗み~② | ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

学ぶとは ~犯罪にならない盗み~②

「学ぶとは ~犯罪にならない盗み~①」 のつづきです。

過去、一人前になるには、どんな仕事でも10年以上かかったはずです。

身体的技術が伴えば伴うほど成熟時間はかかるはずです。

しかし、早期に結果を求める時流になってからは、時間と効率を得た分以上に失ったものは大きいようです。

何故、習熟に時間がかかるのか?

システマチックに物事を教えていけば、技術の習得は早いですが、精神世界の習熟はなおざりにされてしまいがちです。

デザインや設計などという一過性のものに囚われ、「あなたの為」を謳いながらながら「自分」を実現しようとしています。

心はどこに置き去りにされているんでしょうか。

もともと「見習い」と言葉にあるよう、「見て習う」が学習の基本でした。

非効率なのですが、なぜ「見習う」なのでしょうか?

それほど、精神はシステマチックでは習熟しないということからかもしれません。

周りを見渡せば、同じ様な建物や同じ様なコンセプトで家や建物が建っています。

施主の要望自体が「同じ様な」方向に仕向けられている上、本来、その「個」が持つ「特徴」を掘り返さないからではないかと考えています。

僕は、世間の評価を大切にするのではなく、依頼主の潜在意思の具現に力を注ぎたいと日々考えています。
商業建築の場合、依頼主がお客様に変わるだけです。

少なくとも、この心のあり方は学校で習っていません。

~つづく~