デスペラード 〜究極のデザイナーとは〜③ | ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

デスペラード 〜究極のデザイナーとは〜③

デスペラード ~究極のデザイナーとは
デスペラード ~究極のデザイナーとは~②
の続きです。

渡邊篤史の建もの探訪 を見ていると、その家の人が建物に対する質問に説明し、答えられています。

建築家が設計したにもかかわらず、施主が全部説明している姿に

「おまえじゃなく、建築家が考えたんじゃない。まるで自分が設計したみたいに言うのはおかしい」

と、お思いの方々が多いのではと思います。

しかし、これ、お施主様が設計したように言うのは全く持って正しいと僕は思います。

お施主様の想いを、自らの体、頭を通じて表現しているだけなので、僕からすれば施主やそのご家族に「この設計を考えさせていただいた。この建物を描かせていただいた」だけに過ぎないと感じています。

よく言っていますが、「お施主様に建築、設計の知識や技術があれば、本人の理想の建物ができるはず。僕はその道具たる器で、この体をお施主様に使っていただいて自分の理想を表現してもらう」ことに日々頑張っています。

なので、誰が設計しようが「お客様」が間違いなく「設計」されたものであって、あのテレビ番組の設定は間違っていないと思います。

「オレの」と、先に我が立って作るもの、それはお客様にとって対面する劇場のように「感心」したり「興味」を持ったりするものであって「演じる本人」としてのものではないのではないでしょうか。

たとえ、賞が取れる設計でなくても、本に紹介されるデザインでなくても、あなたにとって最もあなたらしい設計やデザインが出来たこと。それが究極なのではと最近考えています。

とすれば、僕のような空っぽの頭な丁度いいのかもしれません。

究極のデザイナーは「あなた」自身なのです。

そんな「あなた」に成るための器である僕は、ひょっとしたらこの業界では「ならず者」かもしれませんね。

僕が思うこと

空っぽぐらいが丁度いい

ならず者、一人ぐらい居ても許してください