企業は人なり 人は絆なり | 吉永達哉のコミュニケーション スクエア

企業は人なり 人は絆なり

私は1990年から2001年までの約11年間、旅行会社に勤務していました。


1990年といえばバブル崩壊寸前。(すでに崩壊の兆候はみられましたが)


まだまだ経済的には世間は酔っ払った状態で、不況の足音に気付かないまま


湯水のようにお金が使われていた時代でした。


就職試験は超売り手市場で、面接に行けば割烹で接待される異常さ。


三流大学出の私でさえ、銀行を含め内定7社。これはまだ少ない方で、10社を


超える内定は珍しくありませんでした。


当時私の同期入社は全国で約400人。これが前後数年間続いたわけですから、


今と比べて、どれだけバブリーだったかわかります。



そんな中、縁あって生まれ故郷の山口支店に配属されたわけですが、


本州の端っこの山口支店でさえ、私で4年連続の新入社員でした。


その後も3人の同世代の後輩が入社して、支店の平均年齢は一気に低下。


全国的にもそうですが、ものすごく活気のある雰囲気になったんです。


聞こえはいいのですが、若くて活気があるというのは反面、伝統や秩序を


失ってしまうという危険性も潜んでいます。


山口支店もご多分に漏れず、その兆が見え隠れ。


そうなると、“多少ルールを曲げても稼いでいればいいじゃん!”って空気が


流れ始め、多分職場の空気が淀み始めてきていました。



そこに現れたのが岡田支店長(当時)。強烈なリーダーシップで支店の空気を


入れ替え始めました。


まず手始めに、支店の中が見渡せるように障害となるタペストリーや


書類棚、ついたての類は全て取っ払われました。


そしてルールや期限などは蔵本次長(当時)とタッグを組んで徹底させる。


出来ていないことは徹底的に追求し、やると決めたら自覚を促し任せる。


叱責だけではなく、いい所や大きな契約成立はみんなの前で褒め称え、


アフター5では仕事のことはあまり語らず若い連中とともにバカになる。


支店長だからといってふんぞり返ることは決してせず、電話が鳴れば


率先して取り、接客待ちのお客様に対しては一社員としてパンフレットの


説明をし、掃除の時間には上着を脱ぎネクタイを胸ポケットに押し込んで


額に汗する。



支店がまとまるのはそう時間の掛からない作業でした。


それから数年間、岡田さんが引っ張る山口支店は収益予算を連続達成。


全国表彰も数度されたと記憶しています。



大切なのは成績や数字ではありません。みんなが同じ方向を向くよう


リーダーがリーダーシップを正しく発揮し、No.2がそれを細かくチェックし


実施・実践させ管理する。社員は一丸となり、時には喧嘩に発展するほど


熱く議論し、上下を踏まえたうえで何でも言い合う。


そんな同じベクトルの船を作り上げたこと。


まさにこの混迷の時代に求められる上司像そのものだと言えます。




先日、そんな最高の時代を共に過ごしたメンバーと顔を合わせました。


集まった10人は残念と言うか当然と言うか、全員が何らかの形で退社済みw


ほとんどの面々は途中退社し、それぞれ別の道を選択して頑張っています。


久し振りだけど、それを感じさせない程盛り上がり、終始笑い声に包まれてました。



『企業は人なり』 松下電器産業の創始者、松下幸之助氏の有名な言葉。


あまりにも有名すぎて使い古された感がありますが、今の時代、企業で最も


求められているのは「人財」だといいます。


まさに岡田さんは「人材」を「人在」や「人罪」にすることなく「人財」へと育てた


リーダーで、そのチカラは支店の成績として実証されました。


でもね、本当のチカラは、今回のようにそれぞれが離れ離れになっても


また一声で集まる、そんな“絆”を作り上げたことにあるでしょう。


今思い起こしても素晴らしい上司に、素晴らしい諸先輩や後輩に恵まれました。


まさに「ご縁」としか言いようの無い出会いばかりです。



自分はこの歳になり、岡田さんの教えをちゃんと活かせているのか。。。


岡田さんの歳になった時、こんな風に誰かに囲まれているのか。。。


まだまだ岡田さんの足元にも及んでいない現実をキッチリ受け止め、


早く岡田さんのような人になれるよう、自分を磨かなきゃ!


吉永達哉のコミュニケーション スクエア-えいやぁ会2011  

私の財産である素晴らしき仲間達