責任
人間には権利が与えられていると同時に、同等の責任を負う。
サッカーのゲームであれば、バイタルエリア内でシュートかパスかの選択は
ボール保持者に委ねられる。
しかし、イージーなミスでそのボールを易々と相手に渡してしまえば、チャンスを
生かせないばかりか、逆にピンチに陥れることにもなり、当然のことながら
責任を感じ、そのボールを取り戻すべく必死に追いかけるだろう。
それはチームに対しての責任を十分に認識しているからだ。
その責任はピッチの中だけではない。ビジネスの世界においても当たり前。
私もステージ上の表現者、アンカーとしての責任を感じつつ仕事をしている。
企画段階から言えば、主催者は1年近く前から何度となく会議を重ね、
全ての段取りを整えて、当日私にその思いと共にマイクを預けるのである。
式典でもない限り、一言一句は全て私に委ねられている。
そこに大きな責任を感じつつ、絶対にゴールを決めるつもりで舞台に上がる。
私が上手いかどうかではなく、その企画が上手くいくかどうかがゴールなのだ。
これがチームだ。これが社会の権利と責任だ。
残り4ヶ月強に迫った山口国体。未曾有の被害で東北どころか、日本全体が
沈みかねない現状の中、スポーツの力で復興への大きな起爆剤とすべく
「立ち上がれ東北、頑張ろう日本」というスローガンのもと、加速し始めたのに。
彼はその責任の大きさ、いや責任の意味すらも理解できていなかったのかも。