尾崎豊 | 吉永達哉のコミュニケーション スクエア

尾崎豊

1992年4月25日に26歳という若さで突然逝ってしまった尾崎豊。


年齢で言えば私の2つ上ではあるけれど、同世代。


没後20年近く経つ今も、その存在感はある意味異様なほどだ。


元ARBの石橋凌氏のことは以前に何度も述べましたが、


尾崎豊ももう一人の私の青春時代の象徴です。


常にでは有りませんが、車中や事務所内では良く聞きますし、


カラオケでは外せないですね。




テレビ東京系列で昨日、今日とにわたり彼の特別番組がOAされました。


内容(真実)はともかくとして、改めて彼の偉大さと人間の弱さ、そして


その弱さを克服する人間の強さを知らされました。


また人間の熱量も。



彼が逝ってしまった後、こんな事を考えていたことを思い出しました。


人間には誰しも一定の熱量しか与えられていないんじゃないかと。


その熱量をじわじわと放出する、もしくは出したり止めたりをコントロールすれば


寿命といわれる年齢まで生きられるけれど、一気に大量放出すれば


その寿命は自ずと短くなるんじゃないかと。


彼の詩には「解き放つ」という言葉が多用されています。


彼はその熱量をコントロールが出来ず、いやするつもりなど無く、


解き放ち続けたんだと思います。



そんな彼は、他人からすれば気にし過ぎと思えるほど繊細だったんでしょう。


誰も気にも留めないようなことで傷ついたりしていたようです。


そんな彼だからこそ放てる優しい言葉の数々もまた、彼の詩の特徴でしょう。



「新しく生まれてくる者よ。おまえは間違ってはいない。


みんな一人にはなりたくないんだ。それが人生だ。わかるか。。。」



『BIRTH』という曲の終盤に収録されている、彼の台詞です。


何と優しく、何と大きく、そして何と癒される言葉でしょう。


彼の息子に対しての言葉でしょうが、それを我が侭にも拡大解釈すればまさに


受け止めるあらゆる人間に安らぎを与える最高のコミュニケーションだと思えます。



よく「反逆の・・・」とか「10代の代弁者」とか言われますが、彼が今もなお


多くの人の心に生き続ける理由は、類稀なる才能を支える


彼の弱さと強さ、そして優しさと大きさにあるのでしょう。




もちろん、私の心の中にも彼は生き続けています。これからも。