手段と目的
手段と目的。
計画的に物事を進め、目標達成のためには欠かせないプロセス。
仕事、街づくり、クラブなどなど、複数名が関わる組織になれば
それを見失わず、アイデアと議論の根底に備えることが必須と言える。
それは会話にも言えること。
会議中に議論をしていて、私情がからみ、話しが思わぬ方向へ進み、
ついには何一つ進展の無いまま時間を浪費してしまうケースってありますね。
あ、これって国会そのものですね。
これはAよりはB、いやBよりはCだ、とベストな選択を見出すという目的が
私情が邪魔してその目的を見失い、相手を説得することという手段が
相手を論破するという目的にすり替わってしまう最悪のケース。
よくある手段の目的化ってやつですね。
身近なケースで言うと、ミスした部下に対し、ミスに気付かせ
失敗を繰り返させないために、ひいてはその部下の成長を願うために
叱責するのが目的のはず。
なのに、「俺の足を引っ張りやがって」とか「売り上げが落ちて
予算達成が遠のくじゃないか」なんて私情が絡んでくる。この時点で
すでに当初の目的を見失ってますね。
さらに、初めは目的達成のため冷静を装い嗜める手段をとるものの
段々勝手に怒りを延焼させて怒りは右肩上がり。終いにはバカだの
クズだの悪態まで。
こうなりゃ当初の目的なんて跡形もなく、周囲の冷ややかな目を集め
同時に信頼とか尊厳を一瞬に失う羽目になるでしょう。
ハートは熱く、頭は冷静に。プロスポーツによく用いられる言葉は
人間のあらゆるシーンに当てはまるんですね。