「・・・というのは全部冗談です(かなり驚いたかな?)」
この言葉が最後にあることに0.00001%の期待をもって報道ステーションを見ていました。
まだ引退して欲しくない!
どうせなら半年でいい、甲府か湘南でプレーしてくれ!
これが本音ですが、ヒデが決めたことを覆すとは思えないので
ここは素直に「お疲れ様」と言います。
本当に疲れただろうと思う。
ヒデの10年、特にイタリアに渡り、名実共に日本サッカーのシンボル的存在になってからのヒデが自分だったら・・・と思うと、おそらくとても耐えられないんじゃないかと思える。
私が中田英寿を知ったのは、ヒデがU‐17世界大会の時。
自分と同世代の選手達がイタリアやメキシコといった強豪相手に堂々と渡り合っていた。
NHKの中継で解説をしていた山本昌邦さんが
「彼らの世代が、このうちの何人かが、2002年の日本代表の中心になるはずだ。」
と言ったのを聞いて、なんともいえない気持ちになったのをよく覚えている。
まだW杯が夢だった頃の事だ。
この頃からヒデは大きな使命を背負っていたことになる。
28年ぶりのオリンピック出場
初めてのW杯
日本人初のセリエA移籍
オリンピックベスト8
ビッククラブでの奮闘
スクデッド獲得
ホスト国としてのW杯
クラブを渡り歩いた4年
すべてを伝えようとした最後のW杯
あらためて考えると、ヒデは十分使命を果たしたんじゃないかと思う。
これだけのことをすべて中心選手としてやってきたのだ。
サッカーを知らない、未成熟なマスコミに囲まれて・・・
「サッカーが好きだという気持ちを守る壁」を築くことは相当な精神的疲労をためこむことにもなっただろう。
本当にお疲れ様。
これからは心から楽しんでサッカーが出来ることを祈っています。
草サッカーでいいから「ヒデ・前園・財前・小倉」の夢のアトランタ世代を実現して下さい!
絶対楽しいよ~~~~
そこで私だ。
私はヒデほどがんばって生きてきただろうか?
否。
自信を持っていえる。否だ。
(こんなことに自信をもてるのも情けない)
女一人、三十にして立つ。
これからが本当の勝負!(何の勝負だよ!)
負けないよ、ヒデ!(あっ、不吉な言葉を・・・)