死ねばいいのに





なんて素直で偽りのない言葉だろう



社会もモラルもイノセンスも全てが理路整然と並列化され、アイデンティティは限られたセレブリティにしか許されない賜杯となったイマ



痛烈に心を揺さぶるこの言葉はヒトが他の動物ではないことを証明してくれるIDではないのか



ヒトは誰しも人生の中で意識無意識に関わらずこの言葉を繰り返し、その度に少しの恍惚と多大な罪悪に包まれ、次の瞬間には何事もなかったかのようにまたいつものジブンに溶け込む







「お前なんて死んでしまえ」







幼少ではコミュニケーションの一部として当たり前のように交わされている言葉



そう言って次の日にまた笑い合って会える家族がイマの自分に何人いるのか



瞳を見つめ合い素直な気持ちを伝えられる恋人がイマの自分には存在するのか



言葉で伝えられぬまま鬱積した感情を無限の波の中でループさせる自慰行為は互いの野生でぶつかり合う性交渉よりも感じてしまうのか






そんな戯言にまみれながら、また今日のオレが始まるのだろう








京極夏彦がどんな想いで自身の作品にこのタイトルを冠したのかはまだ分からない





ただ今年の夏の朝にこの小さな男を大きく突き動かした事実は憶えておこう