義国は今日は仕事が休みだった。
「仕事が休み」と言えることが義国には新鮮で嬉しくもあった。
なぜなら義国は40過ぎまで定職に就いたことがほとんどなく、仕事も長続きせずアルバイトと転売で生計を立てていたからだ。
そんなとある休日。
何気なく、フェイスブックを眺めていた。
義国はフェイスブックには偽名で登録している。
なぜなら現在の冴えない生活を昔の同級生などに知られることが相当な屈辱だからだ。
無論、友達に登録している数はゼロだった。
ふと思い出して、1人の同級生「赤田真吾」を検索してみた。
義国は高校時代から友達がいなかった。
赤田とは高校3年間同じクラスにいただけで、ただアイウエオ順の1番でなんとなく思い出しただけだった。
赤田のプロフィールには「既婚」の文字が燦然と輝き、成長した子供の写真をこれでもかと掲載することによって義国に無言の攻撃を浴びせてきた。
友達も150人ぐらいいた。その中には赤田とは接点のないはずの義国の中学の同級生まで登録されていた。
義国は俄然動揺していた。
真っ当な人生とはこういうものだと見せつけられている気がした。
どんどん友達を増やしていってネットワークを作っていく。
それが「普通」もしくは「勝ち組」というやつで、こちとら1人の友人を作るのにも苦労する、不器用な負け組ライフスタイルから未だに脱却できていないのだ。
そんな、自分のケツの青さ、歪んだ性格、惨めな人生を責められあざ笑われている気分になっていた。
その後、赤田の友達リストから辿って行って数十人の同級生のページに侵入した。
あんな男勝りで結婚できるわけないと思ってた女が結婚してたり、デブでブサイクで白豚のはずの男がシュッとしたビジュアルに改良していたり、頭が悪くて地味でモテないと勝手に烙印を押していたはずの男が難関資格を取得して開業している姿が義国を次々に突き刺してきた。
辛うじて義国のダメージが緩和したのは、プロフィール欄の「独身」の文字と、大学を中退していた男の友達の数が20人未満であることを眼中に捕らえた時だった。
それでも義国はトランキーロ的な焦りが消えず、なんとか高ぶる苛立ちを抑えたいと思った。
「どうせみんな死ぬんだ、せいぜい充実した生活をフェイスブックにアップして、田舎で小競り合いしてろよバカヤロー!こっちは東京で生活してんだ、どんなに充実しようが田舎で暇過ぎてフェイスブックで強がって、尽きること無い飲み会してる連中とは違うんだこの野郎!!中には都会でフェイスブックやってる奴も居るけどな、とりあえずそいつらは除外!とりあえずは田舎の人間ども、お前らは・・・いや違う、みんなは充実してる。立派だ。男としてかっこいい。いい歳の取り方してる。どうしたらそうなれるんだ?田舎の狭苦しく不便な環境の中でも充実感を見出し、ささやかな幸福を得ながら生活してる。家族を養い子を育てて未来につなげている。置かれた状況を楽しんでいる。敵わない。こっちは孤独に陥っていて休日となれば誰とも話さないし、いつまで経っても人とつるめない、俺も幸福にはなりたい。でもな!おいそれとそれを認めるわけにはいかねえんだよこの野郎!ふざけんなこの野郎!なめるなこの野郎!今度は倍にして返すぞこの野郎!リングに上がって来い!」
と義国は泣きながら、ド演歌ファイトのプロレスラー気取りの言葉を心の中の架空のリングで叫ぶのだった。