mihiro bund

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orihimemihiroは・・・・

中国からの圧力、何かと困ったものです。

 

ですがぁ、中国に依存した経済や生活ではいけないってわかっていたこと

ですねぇ?

 

たしかに、日本だけでなく多くの国が中国に何かしら依存をしている。

だからこその中国の態度なのです。

いろんなことを言う人は多いが、もうはっきりとした態度を示さないと

いけない最終期限のような気がします。

屈服するか、対等とかそれ以上の実のある立場を確立するか。

 

結局さぁ、アメリカのベネズエラ攻撃でもわかるように、人間というやつは

最後は武力(暴力)です。

肯定はしてはいけないのかも知れないが、それでも事実は事実です。

それを放棄した国の立場が弱くなるのは至極当然なのです。

経済もさることながら、軍事力が低い国も立場が弱いですよね。

 

国際的立場を高くしたければ圧倒的な経済力か軍事力、あるいはその両方を

有することが必要で、その逆は悲しい現実が待っていると考えないといけない。

それをわかっているのかこの国の人々は、って思います。

 

 

 

 

まあ少しくらいなら実名出してもいいかなって思って書きます。

 

何店とまでは書きませんが、オートバックスでの出来事です。

レジ待ちのことです。

私がレジに行った時にすでにひとりレジで何やら説明とか打ち合わせ?

みたいなやり取りを店員としていた。

私がレジの列についてから時間にして3分前後だろうか(体感的には5分以上)

やっと終わり私がレジへ。

店員は、「大変お待たせしました」の一言も無く、淡々と私から商品を

受け取り「〇〇円です」と、平然とレジ業務をこなす。

 

違うだろ、って思うんです。

私を通常のレジ待ち以上に客とのやりとりで待たせているのは承知して

いるはず。

ならば、ほかのレジだってあるのだからレジ応援してもらうとか

やっとレジが出来ることになった私に待たせてしまったという配慮が無い。

これってその店(あるいは会社)の教育なのか、その本人の資質なのか

とにかく客商売として基本的になっていないと感じた。

 

今更なのだが、「なっていない」と感じるのは昨今非常に多い。

会社がなのか働いている個々なのかは知らないが、客商売なめ過ぎだ。

働き方改革や各種ハラスメント云々より大切だと思うんだけどね。

まったくバカな世の中が出来上がってきたぞ。

 

本意ではないが客からもレジに人は要らないって要望したくなる。

なぜなら、そんな単純なことで客の気分を害するくらいなら人なんて

使わない方がいいだろって話になっちゃいますよ。

だけどさぁ、これだけ色々と多方面に「なっていない」って感じるのは

いったい誰が悪いのやら・・・・

 

 

琵琶湖周辺が揺れたら危ない

 

こんなことが囁かれている。

単発で軽いものならいいかもだが、それでも・・・・

警戒度を上げざるを得ないだろうという感覚に見舞われてしまう。

 

何かあるんでしょうね。

もちろん科学的根拠ではありませんよ。

でもね、あの7月に津波が・・・・で騒がれた件ですが

発生場所も規模も違うが、でも津波は来た。

これが全くの外れ、と言っていいのだろうか?ってことです。

西暦(年)と月と津波が来るという3つのワードは合っているんです。

少なくとも気象庁等が発表するものよりは確率的に高いと言えるのでは

って思うのです。

 

青色の星(3I/ATLASと言われるもの)が近寄ってくると・・・・・

こんな内容の話をホピ族が言っていたことを当初は、というか

ずっと、その星が見つかるまではそんなことはないって言っていた

科学側でした。

でも現実に現れた。

 

こういうことって無視できないほどに当たることがしばしばある。

琵琶湖周辺が揺れだしたら・・・・というのも無視してはいけない

ことなんじゃないかと思うのです。

もし断続的にでも琵琶湖周辺で地震が起こるようになると「いよいよか」

って・・・・

30年以内に起こる確率は・・・・・より、確率が高いかも知れない。

モンベルの店に置いてあって初めて知ったのですが、泥水でも飲料水に

出来てしまう携帯用ろ過機。

たくさんの種類のある非常用リュック(中身あり)が売っていますが

こういう商品が入っているリュックってあるのでしょうか?

ずっと前、履物が入っていないのはいけないと思うみたいなことを

何回か書きました。

その頃はまだ非常用というものに履物が入っていなかったからそう

書いたのです。

しかし現在多くにはスリッパといえど履物が入っているものが多い。

やっとかよって思いますが、ろ過機はちゃんとしたものだと高いので

そういうセットに入れのは金額的に難しいのかなって思うが、それでも

重くて嵩張るペットボトルの水を何リットルも入っているよりいろんな

面でメリットは大きいと思うのです。

いずれは標準セットとなり当たり前に入っている時が来るのかも知れないが

今は残念ながら携帯用ろ過機が入っているセットを私は知らない。

 

いずれにしても気にしていて悪いことはない。

 

 

 

 

 

 

車のことですが、近年の車は重たい。

そりゃもう、とにかく重たい。

重量別で重量税が設定されているとは思えないほど重い車が多い。

 

燃費を大いに気にする人が多いですよね。

重くなっているのに燃費は良くありたいって、相反することを

望んでいる訳です。

ここでハイブリッド車なるものが物議を呼ぶ。(私的には)

 

購入金額も同一車種でガソリン車とハイブリッド車が存在する場合は

ハイブリッド車のほうが高い。

重量もガソリン車より重いのに、重量税は安くなったりするおかしな

重量税に仕組み。

まったくもって重量に対してという概念からは外れたことをしている。

ハイブリッド車のほうが構造が複雑で部品点数も多くなるし、その部品の

価格も高かったりする。

 

カタログ燃費を気にするあまり、アイドリングストップ機能なんてものが

出来てしまった。

そのために部品点数やエンジンに使われる素材や補器類、バッテリーに

及ぶまでアイドリングストップ機能付き車用として新たに作るようになった。

現在、そんな機能は要らない。デメリットの方が大きいとも言われている。

 

安全装備などが増えれば増えるだけ車重は重くなる。

どこまで安全装備が必要かは考え方次第だが、私はすでに過剰になり過ぎている

と思っている。

安全装備が追い付かないくらい、人が安全運転を出来なくなっている気がする。

決定的に何かが違っているということだ。

 

電気、水素などのガソリンを使わないで走る車。

私は思う、水だけで走れる原動機はすでに作れるが、そんなのが世に出てしまうと

困る人が沢山居すぎて世界の経済が崩壊するから出てこない。

ようするに無いと同じだ。

もっと言えば、水すら要らず空気があればいい。

そうなると誰も儲からない。

というか、エネルギー会社が儲からない。

それこそターミネーターの世界観が現実となるかも知れない。

 

昔の車が何故いいと感じるのか?

造形はもちろんだが、その走り感だ。

単純に速い遅いということではなく、フィーリングだ。

今の車より同じ車格なら昔の車の方がまず軽い。

軽いというのは動きのすべてが違ってくる。

人でも体重100kgの人と60kgの人が同じ速度で走るには

使うカロリーとか必要な筋肉とかその動きが違うはずだ。

そういう差というか違いが今と昔の車で感じられるだろう。

 

それがいいかというと、人によって違うだろう。

快適=楽しいではないけれど、いいと思うかそうでないかは別問題。

安全性を高めるために重量が増えて、車としての動きが緩慢になる。

重ければぶつかったときにの衝撃度は高くなる。

なので各部位がつぶれやすく作り衝撃を緩和する構造とするよになった。

なんか、噓の上塗りと似ていると思わないかい?

それを進化といっていいものなのかどうか。

 

燃費と重さと安全性は三位一体となってグルグル同じところを回って

いるだけの気がする。

これをやったから、それをやらなくてはいけなくなった。

そうしたらこれもやらなきゃいけなくなった。

結果、「やらなきゃ良かった」とは今更言えるはずもなく、ってことが

無いよう願う。

 

 

 

 

新年を迎え、何を願い何を成そうと考えましたでしょうか。

 

近年、私が色んな店を利用して思うことがある。

そこで働いている人に対して「あなたは仕事人としての矜恃は無いのか?」

ってことだ。

私は今となっては昔の人間だ。

仕事に対する考え方も若い人は大きく異なるだろう。

それでも思うことは、ただやるだけなら機械(ロボット)でも出来る。

まして現在なんてAI搭載で学習させればベテラン営業マンのように

接客出来てしまうことだろう。

見た目も含め、その機能を活用するには今はまだかなりの高額となるから

人を使っているにすぎないとも思えてくる。

つまり、雇う側からすれば「安さ」に価値があるだけであって、高ければ

雇う価値を見出せないのが現実なのではないかと悲しい現実を憂う。

 

賃金が上がらないって問題になっているのはよくわかる。

政治的問題もあるが、働く側にも問題はあると思っている。

しかしそれを現在は許さない。

労働改革とか数多のハラスメントが非常に妨げとなっている。

こんな日本に誰がした?

日本ではない国の策略を考えざるを得ない。

悪い表現をすれば「はめられた」ということだ。

この何十年かの弱体化はご存じの通りです。

これはグローバル化とか何とか言っては日本人には合わない思想や思考を

取り入れ学ばせた結果なのではないかと個人的にはそう思う。

 

いつも書いている文章を見てくれればわかる。

私は絶対に句読点を使うのをやめない。

なぜかって、それが日本の文章だからです。

単純なことです。

当然、文字にも意味がります。

同じ読みでも意味が違う。

はっきり違う場合もあれば、微妙に違う場合もある。

今回私がタイトルにした「矜恃(きょうじ)」もそうだ。

たぶん、何気には「矜持」を使うことが多いだろうが、今回はあえての

「矜恃」なのです。

この意味は皆さんが考えてみてください。

 

仕事において「プロ」って簡単に言ったり、自分がそうだと思っている人は

多いと思いますが、私は矜持も矜恃も持ち合わせてもいない人をプロとは

思いたくないのです。

 

矜持と矜恃。

単純に調べてもその違いは出ていますが、奥深くの違いが示されている内容が

出ているものは少ないように感じます。

漢字ってほんと意味深い。

まして日本語としての漢字ともなるとニュアンス的なことも含めるととても

複雑化してくる。

これも外国人が発音だけでなく、意味的にも日本語が難しいと言われる要因では

ないだろうか。

おそらく、ほかの国の言葉や文字と比べれば日本語というのは3か国以上を

覚えるのと同等な言語だと思う。

まして「まろ」の時代まで遡る歴史ともなると・・・おじゃる丸で学ばなくては

ってことになる。

そこはもう別の言語と言ってもいい。

それに、アメリカは現在50州。

日本は昔66州とも言われています。

州とは、その読み方でもわかるように国(くに)です。

アメリカのような広大な土地でも50州に対して、小さな日本に60以上の国が

存在し、それぞれの風習や言葉があったと考えると複雑になって当たり前だし

すべてを理解するのも無理な話だと思う。

 

複雑で難しいというのを表現しようとよくわからないことを長々書いてしまった

のですが、だからこそ単純にわかりやすくしようとするし、短縮した文字にも

してしまうようになる。

いつの時代もきっとそうだ。

 

こんなことを書きながらも「ザ・スター 松田聖子 振り向けば・・・聖子」を

見ながらなんです。

リアルタイムで知らない若い人には必見なんじゃないかと思う番組です。

だからこそ、今回の紅白を見ても複雑な想いを抱くのです。

複雑ですね、人も言語も。