新年を迎え、何を願い何を成そうと考えましたでしょうか。
近年、私が色んな店を利用して思うことがある。
そこで働いている人に対して「あなたは仕事人としての矜恃は無いのか?」
ってことだ。
私は今となっては昔の人間だ。
仕事に対する考え方も若い人は大きく異なるだろう。
それでも思うことは、ただやるだけなら機械(ロボット)でも出来る。
まして現在なんてAI搭載で学習させればベテラン営業マンのように
接客出来てしまうことだろう。
見た目も含め、その機能を活用するには今はまだかなりの高額となるから
人を使っているにすぎないとも思えてくる。
つまり、雇う側からすれば「安さ」に価値があるだけであって、高ければ
雇う価値を見出せないのが現実なのではないかと悲しい現実を憂う。
賃金が上がらないって問題になっているのはよくわかる。
政治的問題もあるが、働く側にも問題はあると思っている。
しかしそれを現在は許さない。
労働改革とか数多のハラスメントが非常に妨げとなっている。
こんな日本に誰がした?
日本ではない国の策略を考えざるを得ない。
悪い表現をすれば「はめられた」ということだ。
この何十年かの弱体化はご存じの通りです。
これはグローバル化とか何とか言っては日本人には合わない思想や思考を
取り入れ学ばせた結果なのではないかと個人的にはそう思う。
いつも書いている文章を見てくれればわかる。
私は絶対に句読点を使うのをやめない。
なぜかって、それが日本の文章だからです。
単純なことです。
当然、文字にも意味がります。
同じ読みでも意味が違う。
はっきり違う場合もあれば、微妙に違う場合もある。
今回私がタイトルにした「矜恃(きょうじ)」もそうだ。
たぶん、何気には「矜持」を使うことが多いだろうが、今回はあえての
「矜恃」なのです。
この意味は皆さんが考えてみてください。
仕事において「プロ」って簡単に言ったり、自分がそうだと思っている人は
多いと思いますが、私は矜持も矜恃も持ち合わせてもいない人をプロとは
思いたくないのです。
矜持と矜恃。
単純に調べてもその違いは出ていますが、奥深くの違いが示されている内容が
出ているものは少ないように感じます。
漢字ってほんと意味深い。
まして日本語としての漢字ともなるとニュアンス的なことも含めるととても
複雑化してくる。
これも外国人が発音だけでなく、意味的にも日本語が難しいと言われる要因では
ないだろうか。
おそらく、ほかの国の言葉や文字と比べれば日本語というのは3か国以上を
覚えるのと同等な言語だと思う。
まして「まろ」の時代まで遡る歴史ともなると・・・おじゃる丸で学ばなくては
ってことになる。
そこはもう別の言語と言ってもいい。
それに、アメリカは現在50州。
日本は昔66州とも言われています。
州とは、その読み方でもわかるように国(くに)です。
アメリカのような広大な土地でも50州に対して、小さな日本に60以上の国が
存在し、それぞれの風習や言葉があったと考えると複雑になって当たり前だし
すべてを理解するのも無理な話だと思う。
複雑で難しいというのを表現しようとよくわからないことを長々書いてしまった
のですが、だからこそ単純にわかりやすくしようとするし、短縮した文字にも
してしまうようになる。
いつの時代もきっとそうだ。
こんなことを書きながらも「ザ・スター 松田聖子 振り向けば・・・聖子」を
見ながらなんです。
リアルタイムで知らない若い人には必見なんじゃないかと思う番組です。
だからこそ、今回の紅白を見ても複雑な想いを抱くのです。
複雑ですね、人も言語も。