mihiro bund

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orihimemihiroは・・・・

いま世界で起ころうとしていること、実際に起こっていること。

 

これを小・中・高校くらいの子供とか若年のひとクラス内で起きている

問題だと考えてみてください。

もちろん、一人一人が国としてですよ。

 

この中にはいくつかの勢力(グループ)があります。

しかし、その勢力も不変ではありません。

あるとき、そういえは・・・・と、誰かが加わっていたり離れたりしている。

そして誰かが誰かを攻撃したり仲間外れにしたりします。

仲間がいてかばってくれたり守ってくれる場合はまだいい。

その仲間と思っていた人たちが離れた行ったら?

その原因が自分がどっちつかずとか、抗うような気概が無いからだとしたら?

 

そして仲間外れになった本人は、みんながルールやマナーが守らないから

こんなことが起こるんだと主張しはじめたら、あなたはどう思う?

それに対して何をする?

仲間外れの人に加担すれば次はあなたが仲間外れとなり攻撃されるかも知れない。

「同じクラスの仲間じゃないか」、そんな主張が各グループに通用すると思いますか?

 

各グループの対立だってあります。

力が均衡していれば事が起こらずに済んでいる状況があるのに、それをわざわざ崩す

ことをしますか?

あるいは、崩れたらどうなると思いますか?

そしてもし、弱い勢力のグループが強い勢力に「うちに加われ」と打診されたら?

断れば何かしらのよくないことが起こるのは明白な状況でです。

 

子供たちが通う学校のクラスって世界の縮図のようなものです。

今の子供たち然り、かつて子供だった親以上の世代然りです。

今学校に通っていない人たちも思い出してみてください。

自分が子供だった頃のクラスの情勢を。

 

きっと、そういうことが世界で起きているし、日本はあなたが思う

どんなクラスメイトなのかを。

 

中国からの圧力、何かと困ったものです。

 

ですがぁ、中国に依存した経済や生活ではいけないってわかっていたこと

ですねぇ?

 

たしかに、日本だけでなく多くの国が中国に何かしら依存をしている。

だからこその中国の態度なのです。

いろんなことを言う人は多いが、もうはっきりとした態度を示さないと

いけない最終期限のような気がします。

屈服するか、対等とかそれ以上の実のある立場を確立するか。

 

結局さぁ、アメリカのベネズエラ攻撃でもわかるように、人間というやつは

最後は武力(暴力)です。

肯定はしてはいけないのかも知れないが、それでも事実は事実です。

それを放棄した国の立場が弱くなるのは至極当然なのです。

経済もさることながら、軍事力が低い国も立場が弱いですよね。

 

国際的立場を高くしたければ圧倒的な経済力か軍事力、あるいはその両方を

有することが必要で、その逆は悲しい現実が待っていると考えないといけない。

それをわかっているのかこの国の人々は、って思います。

 

 

 

 

まあ少しくらいなら実名出してもいいかなって思って書きます。

 

何店とまでは書きませんが、オートバックスでの出来事です。

レジ待ちのことです。

私がレジに行った時にすでにひとりレジで何やら説明とか打ち合わせ?

みたいなやり取りを店員としていた。

私がレジの列についてから時間にして3分前後だろうか(体感的には5分以上)

やっと終わり私がレジへ。

店員は、「大変お待たせしました」の一言も無く、淡々と私から商品を

受け取り「〇〇円です」と、平然とレジ業務をこなす。

 

違うだろ、って思うんです。

私を通常のレジ待ち以上に客とのやりとりで待たせているのは承知して

いるはず。

ならば、ほかのレジだってあるのだからレジ応援してもらうとか

やっとレジが出来ることになった私に待たせてしまったという配慮が無い。

これってその店(あるいは会社)の教育なのか、その本人の資質なのか

とにかく客商売として基本的になっていないと感じた。

 

今更なのだが、「なっていない」と感じるのは昨今非常に多い。

会社がなのか働いている個々なのかは知らないが、客商売なめ過ぎだ。

働き方改革や各種ハラスメント云々より大切だと思うんだけどね。

まったくバカな世の中が出来上がってきたぞ。

 

本意ではないが客からもレジに人は要らないって要望したくなる。

なぜなら、そんな単純なことで客の気分を害するくらいなら人なんて

使わない方がいいだろって話になっちゃいますよ。

だけどさぁ、これだけ色々と多方面に「なっていない」って感じるのは

いったい誰が悪いのやら・・・・

 

 

琵琶湖周辺が揺れたら危ない

 

こんなことが囁かれている。

単発で軽いものならいいかもだが、それでも・・・・

警戒度を上げざるを得ないだろうという感覚に見舞われてしまう。

 

何かあるんでしょうね。

もちろん科学的根拠ではありませんよ。

でもね、あの7月に津波が・・・・で騒がれた件ですが

発生場所も規模も違うが、でも津波は来た。

これが全くの外れ、と言っていいのだろうか?ってことです。

西暦(年)と月と津波が来るという3つのワードは合っているんです。

少なくとも気象庁等が発表するものよりは確率的に高いと言えるのでは

って思うのです。

 

青色の星(3I/ATLASと言われるもの)が近寄ってくると・・・・・

こんな内容の話をホピ族が言っていたことを当初は、というか

ずっと、その星が見つかるまではそんなことはないって言っていた

科学側でした。

でも現実に現れた。

 

こういうことって無視できないほどに当たることがしばしばある。

琵琶湖周辺が揺れだしたら・・・・というのも無視してはいけない

ことなんじゃないかと思うのです。

もし断続的にでも琵琶湖周辺で地震が起こるようになると「いよいよか」

って・・・・

30年以内に起こる確率は・・・・・より、確率が高いかも知れない。

モンベルの店に置いてあって初めて知ったのですが、泥水でも飲料水に

出来てしまう携帯用ろ過機。

たくさんの種類のある非常用リュック(中身あり)が売っていますが

こういう商品が入っているリュックってあるのでしょうか?

ずっと前、履物が入っていないのはいけないと思うみたいなことを

何回か書きました。

その頃はまだ非常用というものに履物が入っていなかったからそう

書いたのです。

しかし現在多くにはスリッパといえど履物が入っているものが多い。

やっとかよって思いますが、ろ過機はちゃんとしたものだと高いので

そういうセットに入れのは金額的に難しいのかなって思うが、それでも

重くて嵩張るペットボトルの水を何リットルも入っているよりいろんな

面でメリットは大きいと思うのです。

いずれは標準セットとなり当たり前に入っている時が来るのかも知れないが

今は残念ながら携帯用ろ過機が入っているセットを私は知らない。

 

いずれにしても気にしていて悪いことはない。

 

 

 

 

 

 

車のことですが、近年の車は重たい。

そりゃもう、とにかく重たい。

重量別で重量税が設定されているとは思えないほど重い車が多い。

 

燃費を大いに気にする人が多いですよね。

重くなっているのに燃費は良くありたいって、相反することを

望んでいる訳です。

ここでハイブリッド車なるものが物議を呼ぶ。(私的には)

 

購入金額も同一車種でガソリン車とハイブリッド車が存在する場合は

ハイブリッド車のほうが高い。

重量もガソリン車より重いのに、重量税は安くなったりするおかしな

重量税に仕組み。

まったくもって重量に対してという概念からは外れたことをしている。

ハイブリッド車のほうが構造が複雑で部品点数も多くなるし、その部品の

価格も高かったりする。

 

カタログ燃費を気にするあまり、アイドリングストップ機能なんてものが

出来てしまった。

そのために部品点数やエンジンに使われる素材や補器類、バッテリーに

及ぶまでアイドリングストップ機能付き車用として新たに作るようになった。

現在、そんな機能は要らない。デメリットの方が大きいとも言われている。

 

安全装備などが増えれば増えるだけ車重は重くなる。

どこまで安全装備が必要かは考え方次第だが、私はすでに過剰になり過ぎている

と思っている。

安全装備が追い付かないくらい、人が安全運転を出来なくなっている気がする。

決定的に何かが違っているということだ。

 

電気、水素などのガソリンを使わないで走る車。

私は思う、水だけで走れる原動機はすでに作れるが、そんなのが世に出てしまうと

困る人が沢山居すぎて世界の経済が崩壊するから出てこない。

ようするに無いと同じだ。

もっと言えば、水すら要らず空気があればいい。

そうなると誰も儲からない。

というか、エネルギー会社が儲からない。

それこそターミネーターの世界観が現実となるかも知れない。

 

昔の車が何故いいと感じるのか?

造形はもちろんだが、その走り感だ。

単純に速い遅いということではなく、フィーリングだ。

今の車より同じ車格なら昔の車の方がまず軽い。

軽いというのは動きのすべてが違ってくる。

人でも体重100kgの人と60kgの人が同じ速度で走るには

使うカロリーとか必要な筋肉とかその動きが違うはずだ。

そういう差というか違いが今と昔の車で感じられるだろう。

 

それがいいかというと、人によって違うだろう。

快適=楽しいではないけれど、いいと思うかそうでないかは別問題。

安全性を高めるために重量が増えて、車としての動きが緩慢になる。

重ければぶつかったときにの衝撃度は高くなる。

なので各部位がつぶれやすく作り衝撃を緩和する構造とするよになった。

なんか、噓の上塗りと似ていると思わないかい?

それを進化といっていいものなのかどうか。

 

燃費と重さと安全性は三位一体となってグルグル同じところを回って

いるだけの気がする。

これをやったから、それをやらなくてはいけなくなった。

そうしたらこれもやらなきゃいけなくなった。

結果、「やらなきゃ良かった」とは今更言えるはずもなく、ってことが

無いよう願う。