mihiro bund

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orihimemihiroは・・・・

琵琶湖周辺が揺れたら危ない

 

こんなことが囁かれている。

単発で軽いものならいいかもだが、それでも・・・・

警戒度を上げざるを得ないだろうという感覚に見舞われてしまう。

 

何かあるんでしょうね。

もちろん科学的根拠ではありませんよ。

でもね、あの7月に津波が・・・・で騒がれた件ですが

発生場所も規模も違うが、でも津波は来た。

これが全くの外れ、と言っていいのだろうか?ってことです。

西暦(年)と月と津波が来るという3つのワードは合っているんです。

少なくとも気象庁等が発表するものよりは確率的に高いと言えるのでは

って思うのです。

 

青色の星(3I/ATLASと言われるもの)が近寄ってくると・・・・・

こんな内容の話をホピ族が言っていたことを当初は、というか

ずっと、その星が見つかるまではそんなことはないって言っていた

科学側でした。

でも現実に現れた。

 

こういうことって無視できないほどに当たることがしばしばある。

琵琶湖周辺が揺れだしたら・・・・というのも無視してはいけない

ことなんじゃないかと思うのです。

もし断続的にでも琵琶湖周辺で地震が起こるようになると「いよいよか」

って・・・・

30年以内に起こる確率は・・・・・より、確率が高いかも知れない。

モンベルの店に置いてあって初めて知ったのですが、泥水でも飲料水に

出来てしまう携帯用ろ過機。

たくさんの種類のある非常用リュック(中身あり)が売っていますが

こういう商品が入っているリュックってあるのでしょうか?

ずっと前、履物が入っていないのはいけないと思うみたいなことを

何回か書きました。

その頃はまだ非常用というものに履物が入っていなかったからそう

書いたのです。

しかし現在多くにはスリッパといえど履物が入っているものが多い。

やっとかよって思いますが、ろ過機はちゃんとしたものだと高いので

そういうセットに入れのは金額的に難しいのかなって思うが、それでも

重くて嵩張るペットボトルの水を何リットルも入っているよりいろんな

面でメリットは大きいと思うのです。

いずれは標準セットとなり当たり前に入っている時が来るのかも知れないが

今は残念ながら携帯用ろ過機が入っているセットを私は知らない。

 

いずれにしても気にしていて悪いことはない。

 

 

 

 

 

 

車のことですが、近年の車は重たい。

そりゃもう、とにかく重たい。

重量別で重量税が設定されているとは思えないほど重い車が多い。

 

燃費を大いに気にする人が多いですよね。

重くなっているのに燃費は良くありたいって、相反することを

望んでいる訳です。

ここでハイブリッド車なるものが物議を呼ぶ。(私的には)

 

購入金額も同一車種でガソリン車とハイブリッド車が存在する場合は

ハイブリッド車のほうが高い。

重量もガソリン車より重いのに、重量税は安くなったりするおかしな

重量税に仕組み。

まったくもって重量に対してという概念からは外れたことをしている。

ハイブリッド車のほうが構造が複雑で部品点数も多くなるし、その部品の

価格も高かったりする。

 

カタログ燃費を気にするあまり、アイドリングストップ機能なんてものが

出来てしまった。

そのために部品点数やエンジンに使われる素材や補器類、バッテリーに

及ぶまでアイドリングストップ機能付き車用として新たに作るようになった。

現在、そんな機能は要らない。デメリットの方が大きいとも言われている。

 

安全装備などが増えれば増えるだけ車重は重くなる。

どこまで安全装備が必要かは考え方次第だが、私はすでに過剰になり過ぎている

と思っている。

安全装備が追い付かないくらい、人が安全運転を出来なくなっている気がする。

決定的に何かが違っているということだ。

 

電気、水素などのガソリンを使わないで走る車。

私は思う、水だけで走れる原動機はすでに作れるが、そんなのが世に出てしまうと

困る人が沢山居すぎて世界の経済が崩壊するから出てこない。

ようするに無いと同じだ。

もっと言えば、水すら要らず空気があればいい。

そうなると誰も儲からない。

というか、エネルギー会社が儲からない。

それこそターミネーターの世界観が現実となるかも知れない。

 

昔の車が何故いいと感じるのか?

造形はもちろんだが、その走り感だ。

単純に速い遅いということではなく、フィーリングだ。

今の車より同じ車格なら昔の車の方がまず軽い。

軽いというのは動きのすべてが違ってくる。

人でも体重100kgの人と60kgの人が同じ速度で走るには

使うカロリーとか必要な筋肉とかその動きが違うはずだ。

そういう差というか違いが今と昔の車で感じられるだろう。

 

それがいいかというと、人によって違うだろう。

快適=楽しいではないけれど、いいと思うかそうでないかは別問題。

安全性を高めるために重量が増えて、車としての動きが緩慢になる。

重ければぶつかったときにの衝撃度は高くなる。

なので各部位がつぶれやすく作り衝撃を緩和する構造とするよになった。

なんか、噓の上塗りと似ていると思わないかい?

それを進化といっていいものなのかどうか。

 

燃費と重さと安全性は三位一体となってグルグル同じところを回って

いるだけの気がする。

これをやったから、それをやらなくてはいけなくなった。

そうしたらこれもやらなきゃいけなくなった。

結果、「やらなきゃ良かった」とは今更言えるはずもなく、ってことが

無いよう願う。

 

 

 

 

新年を迎え、何を願い何を成そうと考えましたでしょうか。

 

近年、私が色んな店を利用して思うことがある。

そこで働いている人に対して「あなたは仕事人としての矜恃は無いのか?」

ってことだ。

私は今となっては昔の人間だ。

仕事に対する考え方も若い人は大きく異なるだろう。

それでも思うことは、ただやるだけなら機械(ロボット)でも出来る。

まして現在なんてAI搭載で学習させればベテラン営業マンのように

接客出来てしまうことだろう。

見た目も含め、その機能を活用するには今はまだかなりの高額となるから

人を使っているにすぎないとも思えてくる。

つまり、雇う側からすれば「安さ」に価値があるだけであって、高ければ

雇う価値を見出せないのが現実なのではないかと悲しい現実を憂う。

 

賃金が上がらないって問題になっているのはよくわかる。

政治的問題もあるが、働く側にも問題はあると思っている。

しかしそれを現在は許さない。

労働改革とか数多のハラスメントが非常に妨げとなっている。

こんな日本に誰がした?

日本ではない国の策略を考えざるを得ない。

悪い表現をすれば「はめられた」ということだ。

この何十年かの弱体化はご存じの通りです。

これはグローバル化とか何とか言っては日本人には合わない思想や思考を

取り入れ学ばせた結果なのではないかと個人的にはそう思う。

 

いつも書いている文章を見てくれればわかる。

私は絶対に句読点を使うのをやめない。

なぜかって、それが日本の文章だからです。

単純なことです。

当然、文字にも意味がります。

同じ読みでも意味が違う。

はっきり違う場合もあれば、微妙に違う場合もある。

今回私がタイトルにした「矜恃(きょうじ)」もそうだ。

たぶん、何気には「矜持」を使うことが多いだろうが、今回はあえての

「矜恃」なのです。

この意味は皆さんが考えてみてください。

 

仕事において「プロ」って簡単に言ったり、自分がそうだと思っている人は

多いと思いますが、私は矜持も矜恃も持ち合わせてもいない人をプロとは

思いたくないのです。

 

矜持と矜恃。

単純に調べてもその違いは出ていますが、奥深くの違いが示されている内容が

出ているものは少ないように感じます。

漢字ってほんと意味深い。

まして日本語としての漢字ともなるとニュアンス的なことも含めるととても

複雑化してくる。

これも外国人が発音だけでなく、意味的にも日本語が難しいと言われる要因では

ないだろうか。

おそらく、ほかの国の言葉や文字と比べれば日本語というのは3か国以上を

覚えるのと同等な言語だと思う。

まして「まろ」の時代まで遡る歴史ともなると・・・おじゃる丸で学ばなくては

ってことになる。

そこはもう別の言語と言ってもいい。

それに、アメリカは現在50州。

日本は昔66州とも言われています。

州とは、その読み方でもわかるように国(くに)です。

アメリカのような広大な土地でも50州に対して、小さな日本に60以上の国が

存在し、それぞれの風習や言葉があったと考えると複雑になって当たり前だし

すべてを理解するのも無理な話だと思う。

 

複雑で難しいというのを表現しようとよくわからないことを長々書いてしまった

のですが、だからこそ単純にわかりやすくしようとするし、短縮した文字にも

してしまうようになる。

いつの時代もきっとそうだ。

 

こんなことを書きながらも「ザ・スター 松田聖子 振り向けば・・・聖子」を

見ながらなんです。

リアルタイムで知らない若い人には必見なんじゃないかと思う番組です。

だからこそ、今回の紅白を見ても複雑な想いを抱くのです。

複雑ですね、人も言語も。

 

 

 

 

 

昨日の紅白歌合戦、見ないつもりだったのだけど見ました。

2つ理由があります。

他に見たくなる番組が無かった。

もうひとつの理由は、矢沢永吉と松田聖子が出るから。

 

改めて、永ちゃんはすごいと思った。

ほかの高齢となった歌手と比べて声が今もしっかり出ている。

そりゃあ若い時とは違うけど、ほかの高齢となった人と比べれば

圧倒的です。

 

いまの若い人がどのくらい何十年後に現役で歌っているのか

わかりませんが、今の若い人たちの多くの曲って年取ってから

歌えるのでしょうか?

まあその時になってみないとわかりませんが、どうも難しいように

私は思います。

今の若い人が30周年とか40、50周年とかの時にきっと私は

生きていないのでその結果を知ることが出来ないのが残念な感じです。

楽しみに待てるのはせいぜい20年くらいではないでしょうか。

もしかするともっと短いかも知れません。

 

紅白の卒業についてアレコレ言われているようですが

まあいじゃないですか、

人生の卒業が近くなってきているのですから。

私自身も、もうそんなに途方もなく遠いことではないと思えてくる

年齢となりましので、わかる気がします。

とにかく、何かと分の変化に気づいたりします。

肉体的であったり、精神的であったりのことですが、自信があるとか

無いとかの問題ではなく、現実問題として気合だけではどうにもならない

ことはある、ということです。

 

歌い手の場合はいい例として安室奈美恵タイプかそうでないか、です。

若い時、つまりは全盛期のパフォーマンスから許容出来ないところまで

落ちてきたらもう辞めるという判断を自分自身がするかどうかです。

どちらが良いとか悪いではなく、本人の判断でいいと思うんです。

 

日本人の特徴として、会社の例をあげるとわかりやすいです。

個人経営の小規模会社で、経営が傾いてきたとき、自分の資産を使って

でも会社を延命させる社長が多いのです。

傾いてはいるが、まだ余力があるうちに会社をたたみ、次への余力を

持っての場合だ。こちらは日本人には少ないタイプ。

どちらが良かったかなんて、それこそ10年とかそれ以上後にどうなって

いるかを見ないと何とも言えないです。

 

やめ時とか、やめ方って大切ですよね。

 

 

 

 

 

年が明けましたね。

起きているので何か書こうと思いキーボードに手を乗せたのですが

あらかじめ書こうとしていなかったので今考えています・・・・

 

なにか大きなことが起こりそうな2026年。

何が?ってことですが、何かです。

そういえば、紅白歌合戦の放送終了近くになって地震速報が入りましたね。

先日は震度が3くらいでも番組中断でニュースをするテレビ局がいくつか

ありましたから今回も?って思っていたらそうはならなかったです。

だいぶ言われたのでしょうか?

年明け、つまりは今日とかも心配ですよね。

そんな昨今の地震事情なのが辛い。

 

良い年になりますように、って願う人は多いと思いますが、具体的に

考え願ったほうがいいと思いますよ。

漠然と「良い年に」って言われても・・・・、じゃないですか?

 

そうそう、宝くじを売り場が営業し始めたら買いに行かないといけません。

なぜって、何か痛手があったときは当たる確率が上がるとか。

ケガしたとか、事故したとかなどなど、いわゆる不幸的な何かということに

見舞われた時ってことです。

何とは書きませんが、昨日(12月31日)壊れたものがありまして、無いと困る

ものなので慌てて買いに走りました。

10万まではいきませんが、何万単位の出費です。

大きな痛手です。

こんな時は・・・ってことです。

少なくとも100万単位では当たると思っています。

思うのは勝手でしょ。

当たったとしてもここには書きませんよ、秘密です。

 

とくにどこかに出かける予定も無いですが、それでも年末にこんな出費は

痛手以外のなにものでもありません。

新しいものに買い替えれたと思うとうれしいですが、タイミングの問題です。

真新しいものがひとつ増えて迎えた新年で、良き良きって感じのスタートです。

 

あっ、もう明けてから1時間以上経ちましたね。

すっかり2026年が始まりました。

どんな年になるのか、どんな年に出来るのか・・・・