投資結果は成績です。頑張った結果が収益であり、見誤った代償が損失です。
投資結果は営業成績であり、事業努力の結果であり、練習の成果でもあります。
投資家はプロスポーツ選手と同じで、結果がすべてです。数字こそが正義であり、数字こそがその人の評価なのです。
その数字をあげるためのプロセスは、何の評価もされず、努力は当然という評価で、結果が出ない努力は無駄と評価されます。
投資家は努力が必ずしも報われるわけではありません。努力しさえすれば必ず結果がついてくるものでもありません。
投資家はスポーツ選手と同じで、少ないチャンスをいかに生かすかにすべてがかかっています。チャンスをつかめない人は、どんなことをしても勝者にはなれず、生き残ることはできません。
ただ投資家とスポーツ選手と違うところは、人を蹴落としてまで這い上がることはありません。投資家は、人は人、自分は自分です。自分との戦いしかなく、他人との比較は一切ありません。
投資には王道はありません。セオリーもあるようでないです。投資には技術的な教科書はありません。
そう言った意味では、投資家は孤独なのかもしれません。
そして、投資の結果は早いです。また、投資はリカバリーが可能です。何度でもやり直しが可能です。
さらに、投資は年齢を問わず、社会環境も問いません。熟練者が必ず有利とは限りません。
最後に、投資はすべてにおいて平等ですが、結果は不平等です。
まさに、これからの待ち受けている社会そのものですね。
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