おとなりさんの玄関のところに咲く朝顔が
妙にやさしく私を癒す、今日このごろ。

学校で育てた朝顔を、夏休み前に持ち帰ってきたのでしょう。

夏休み、この長くて短い休暇の前には
必ず多くの荷物を引っ提げて、(或いは押しながら)わぁわぁ言いながら
歩く子どもたちの行列が見受けられる。

子どもたちの額からは汗が吹き出し、
頬は真っ赤になっている。

死にそうだ、とかなんだとか言っているクセに、
大人なんかよりずっと健康そうだから不思議だ。

15年以上のも前の私もおそらくそういった子どもたちの一員だった。

赤いお道具箱に入った大量の紙。
保護者の方に必ず見せるのよ、と言われて机の奥でぐしゃぐしゃに折れた重要文書。
図工の時間に創っためいいっぱいの「わたし」という名の作品群。
26点の音楽のテスト。(あぁやはり隠しきれなかった)
真黒によごれた上履き。(さぁきれいにしなきゃ)
給食袋の中のエプロンは窮屈そうにぐしゃりとまるまる。

朝顔を育てたり、トマトを育てたり。

思えば私達は小さいときから様々なものを育くんできた。

テストを隠すやましい心をはぐくみ、鮮やかで小さな生命に水を与えはぐくんできた。

そういったことの積み重ねを経て、今わたしたちはここにいる。

働いている。

笑っている。

泣いている。

傷ついている。

誰かを愛している。

そして、今も、着実に、確実に、自分で自分をはぐくんでいる。

それはとってもゆっくりで、メロウな旋律の中で行われているのだけれど、

それでも着実に、確実に、何かがはぐくまれている。


そんな気がする水曜、夜9時27分でした。