就職が決まりました。
家族、先生、友人・・・助言を下さった方々に感謝したいと思います。
決まってとても嬉しいはずなのですが、
なぜか昨日は夜中なみだが止まりませんでした。
おかげで目が腫れぼったいです。
でも、これは皆が経験することなのだと思います。
修論だしたときと、少し似た気分です。
これでもう、研究の世界と遠くなってしまう・・・。
どんな職業についても、ある意味「研究」なのですけどね。
私はどこまで甘いんだろう。
どこまで弱いんだろう。
どこまでワガママなんだろう。
家族はとても喜んでくれました。
私もこれで、経済的自立に一歩近づいたと思うと、すごく気持ちが楽になりました。
これで、家を出て暮らすこともできます。
周囲では当たり前だったことが、出来ます。
私は決断したことを先生にメールしました。
「就職活動はしょぼくれてへこたれるだけだと思っていましたが、とんとん拍子に
決まってしまいましたね。
卒業式の日は奨学金ももらえますから、研究も忘れないでください。」
ときました。
研究・・・
研究は楽しかった。そしてその先にせんせいの顔が見えた。
私は自分でも驚くほど悲しい気分になった。
この就職に関して、せんせいはかなりの助言を下さった。
業界について、雇用形態について、キャリアアップについて、
いろいろ調べてくださった。「前に進むことも大切」という先生のことばに
後押しされて、就職を決意した。
お姉ちゃんに話したら、
「もう、(○○先生は)お父さんだね」と言っていた。
うん、父ちゃんだよ。
私は親離れできてない、単なる依存症のこどもだ。
父ちゃんに、依存しすぎたのかもしれない。
私は昨日の夜中泣きながら携帯を手にとった。
先生にいただいた音楽を聴いていたら、スピーカーから一緒に音楽を聴いたのを思い出した。
携帯からパソコンのメアドに送ると、大変なことになることは分かっていた。
だいたい、めちゃくちゃなことを書いてしまう。
私は一番いけないことをした。
「就職が決まって嬉しいはずなのに涙がとまりません」
みたいなことを書いてしまった。最悪だと思う。
「研究はぜったい忘れません。離れるのはさみしいですが、がんばります」
と書いて3行ぐらいのメールを送っていた。
どんだけダメダメなんだ。
その後、父ちゃんから、連絡はない。
怒っているか、こいつはダメだ、と思っているか、依存しやがってと思っているか、
なんとも感じていないか、しょぼくれてんなと思っているか、ウジウジしてるなと思っているか・・・
依存はしない、と決めて、就職の道を選び、結局依存していた自分を
今朝発見して、「あぁ自分情けない」と感じました。
おそらく女子の日で、思考がかなり暗くなっているのもあるのかもしれません。
なんで自分はこんなに父ちゃんに依存したのだろう。
おそらく、彼なら、「客観的」なアドバイスをくれると信じているからだと思う。
家族のことで悩んでいる自分としたら、やはり、家族の外から、より客観的な視点で何かを言ってくれる方が必要だったのだと思います。でも、やっぱり、それも、偏りすぎるといけないと思います。
それから、自分で、物事を大きくしているのも分かっています。
就職における選択支で迷ったとき、
姉は「りん子は家族よりせんせい。せんせいのアドバイスの方が大切なんでしょ」
といったようなことを冗談紛れに言ってました。
けれども、「せんせい」は、「りん子が、本当に大変になって、たとえばお金がなくなって借金とりに追われたり、学校に通えなくなったりしたとき、助けてくれると思う?」
「助けるのは、家族しかいないよ」 と言う。
それは分かっている。
姉の言っていることは、誇張表現であるにせよ、正しいと思う。
そうなのだ、私は「幻想」に依存しているのだ。
そう考えると、私はやはり自分のした決断に自信を持たないといけない。
「研究」はまたいつだって、戻ってくることができる(はずだ)
もう、いい加減、25歳だ。
自分で自分でした選択に責任を持って、人生を歩まなければならない。
もう皆がしていることなのだ。
私が本当に甘いだけ。
私はいったいどんなメールが欲しかったんだろう。
「おめでとう。春から社会人、がんばってください」?
「おめでとう。かきぬまさんならきっとがんばるでしょう」?
ないない・・・。
そうだ、先生はつんでれなんだ。
こんなこと口が裂けても言わないでしょう・・・。
せんせい、変なメールだしてすみません。
謝りのメールしたほうがいいのかな。
でもしつこいよな。
そもそも先生そんな気にしてないかもね。笑
でも私が今まで生きた中で、一番好きなせんせいを、
大切にしたい。
しつづけたいのです。
家族、先生、友人・・・助言を下さった方々に感謝したいと思います。
決まってとても嬉しいはずなのですが、
なぜか昨日は夜中なみだが止まりませんでした。
おかげで目が腫れぼったいです。
でも、これは皆が経験することなのだと思います。
修論だしたときと、少し似た気分です。
これでもう、研究の世界と遠くなってしまう・・・。
どんな職業についても、ある意味「研究」なのですけどね。
私はどこまで甘いんだろう。
どこまで弱いんだろう。
どこまでワガママなんだろう。
家族はとても喜んでくれました。
私もこれで、経済的自立に一歩近づいたと思うと、すごく気持ちが楽になりました。
これで、家を出て暮らすこともできます。
周囲では当たり前だったことが、出来ます。
私は決断したことを先生にメールしました。
「就職活動はしょぼくれてへこたれるだけだと思っていましたが、とんとん拍子に
決まってしまいましたね。
卒業式の日は奨学金ももらえますから、研究も忘れないでください。」
ときました。
研究・・・
研究は楽しかった。そしてその先にせんせいの顔が見えた。
私は自分でも驚くほど悲しい気分になった。
この就職に関して、せんせいはかなりの助言を下さった。
業界について、雇用形態について、キャリアアップについて、
いろいろ調べてくださった。「前に進むことも大切」という先生のことばに
後押しされて、就職を決意した。
お姉ちゃんに話したら、
「もう、(○○先生は)お父さんだね」と言っていた。
うん、父ちゃんだよ。
私は親離れできてない、単なる依存症のこどもだ。
父ちゃんに、依存しすぎたのかもしれない。
私は昨日の夜中泣きながら携帯を手にとった。
先生にいただいた音楽を聴いていたら、スピーカーから一緒に音楽を聴いたのを思い出した。
携帯からパソコンのメアドに送ると、大変なことになることは分かっていた。
だいたい、めちゃくちゃなことを書いてしまう。
私は一番いけないことをした。
「就職が決まって嬉しいはずなのに涙がとまりません」
みたいなことを書いてしまった。最悪だと思う。
「研究はぜったい忘れません。離れるのはさみしいですが、がんばります」
と書いて3行ぐらいのメールを送っていた。
どんだけダメダメなんだ。
その後、父ちゃんから、連絡はない。
怒っているか、こいつはダメだ、と思っているか、依存しやがってと思っているか、
なんとも感じていないか、しょぼくれてんなと思っているか、ウジウジしてるなと思っているか・・・
依存はしない、と決めて、就職の道を選び、結局依存していた自分を
今朝発見して、「あぁ自分情けない」と感じました。
おそらく女子の日で、思考がかなり暗くなっているのもあるのかもしれません。
なんで自分はこんなに父ちゃんに依存したのだろう。
おそらく、彼なら、「客観的」なアドバイスをくれると信じているからだと思う。
家族のことで悩んでいる自分としたら、やはり、家族の外から、より客観的な視点で何かを言ってくれる方が必要だったのだと思います。でも、やっぱり、それも、偏りすぎるといけないと思います。
それから、自分で、物事を大きくしているのも分かっています。
就職における選択支で迷ったとき、
姉は「りん子は家族よりせんせい。せんせいのアドバイスの方が大切なんでしょ」
といったようなことを冗談紛れに言ってました。
けれども、「せんせい」は、「りん子が、本当に大変になって、たとえばお金がなくなって借金とりに追われたり、学校に通えなくなったりしたとき、助けてくれると思う?」
「助けるのは、家族しかいないよ」 と言う。
それは分かっている。
姉の言っていることは、誇張表現であるにせよ、正しいと思う。
そうなのだ、私は「幻想」に依存しているのだ。
そう考えると、私はやはり自分のした決断に自信を持たないといけない。
「研究」はまたいつだって、戻ってくることができる(はずだ)
もう、いい加減、25歳だ。
自分で自分でした選択に責任を持って、人生を歩まなければならない。
もう皆がしていることなのだ。
私が本当に甘いだけ。
私はいったいどんなメールが欲しかったんだろう。
「おめでとう。春から社会人、がんばってください」?
「おめでとう。かきぬまさんならきっとがんばるでしょう」?
ないない・・・。
そうだ、先生はつんでれなんだ。
こんなこと口が裂けても言わないでしょう・・・。
せんせい、変なメールだしてすみません。
謝りのメールしたほうがいいのかな。
でもしつこいよな。
そもそも先生そんな気にしてないかもね。笑
でも私が今まで生きた中で、一番好きなせんせいを、
大切にしたい。
しつづけたいのです。