夢の判断方法は様々なものがあるようですが、
昨日父親が、ラヂオを聞いていてこんな話を聞いたそうな。

その女性研究者によると、
夢というのは、たいていマイナスのイメージで終わるものである。
テクストリーディングにおける「読後感」に注目したような感じかな?

そして夢の種類は12タイプに分かれる。
そしてそれをさらにおおまかにすると4タイプしかない。

その中でも最も人間が多く見る夢は、不安でいっぱいだったり、絶望的なものが多い。
つまり、「こうする予定だったのに…上手くいかない。どうしよう」とかそういった類。

夢という構造自体が、「不安」や「絶望感」に回収されるように出来ている、
というのが彼女の主張らしい。だいたいがそんなものなんだから、
夢から受けた印象を、そんなにネガティブに受けなくても、いいんだよ

ということらしい。

まぁそんな話が昨夜、父親→姉→わたしへと回ってきたものだから、
このような夢に対する潜在意識が、私の今朝の夢内容へと顕在化したのかもしれません。(?)

夢判断をしてくれるインターネットサイトは山ほどある。
それだけ「夢」は人々の関心事であり続けてきた。

私も便乗してサイトでキーワードを入れてみた。「電話・夢」と。

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"LOVERS IN A CAFE, PARIS" 1932. PHOTOGRAPH by BRASSAI


だいたいのサイトで、「電話」はコミュニケーション手段を表すものだと出てきた。
ごもっとも。そして電話の向こうの相手とは、ディスコミュニケーションを感じているというのです。

また、「誰かと話したいというのには、自分自身の中の深層の部分(無意識)とコミュニケーションをとりたい、という思いも含まれています。

なるほど確かにこういったものはあるのだろうな。
私は、誰かとの「つながり」を欲していて、かつ自分の内面に肉薄したい。
人間関係に多少の絶望を抱きながらも、希望を捨てきれない。

私は自分が知っている中で、目覚めたとき夢をこんなに覚えていることはなかった。
「いつも見る夢」って誰にでもあると思うのですけど、

電話は新種だったな。
コミュニケーションか。

不思議なことに、私が目覚めたときは
「不安」と「絶望」が残っていたというよりは、「安堵」だった気がしてならない。
そう思いたい、という願望が「夢の作業」をする上での
私自身の策略として潜んでいるのかもしれないけれど。

少なくとも私は”闘っていた”と思うのです。
周囲のノイズと。

コミュニケーションは最近の私の克服すべき
課題であるような気がします。
意味不明な内容ですみませんヽ(;´ω`)ノ
この女性研究者が提唱するように、あんま気にしないのがいいのかな。笑

さぁて今日も頑張りましょう♪

笑顔であふれる一日となりますよう。
ちなみに写真は、お気に入りの写真です虹アメリカで買いましたねこへび