今日はすっごく良い日ですね!!
外の空気が気持ちい!!(≡^∇^≡)
さてさて
この前授業後、先生の研究室に残ったとき
(うちのゼミは人数少ないので先生の部屋で授業してます)
「なんか元気ないですね?」と言われました。笑
確かに、一章で行き詰っているから、元気ない感じになってしまいますよねー。
しかも今、授業で読んでる作品が、「お互い好きなんだけど、価値観と育ってきた環境の違いから、なかなか真の意味で心から通じ合えない男女」といったテーマがあって、なんだか読んでてきついのです。
しかも座り方が、ちょうどいい具合に「男対女」みたいになっていて(笑)
みんな「女から見るとここの男性主人公の考えかたが理解しがたいです」
といった感じの意見がきかれ、一方男性は「へぇ・・・」といった感じで「女の考えてることなんか意味わからん」といった雰囲気を出される。(笑)それは被害妄想かな?
とりあえず、この作品の中の女性が男性に縋りだしてしまう―すでにか?―ような気がして少しびくびくしながら読んでいます。そして、最初この女性が好きになれなかったけれど、共感できるところが出てきてしまった自分に嫌気がさしています。だって自分はこれをやったから、終焉を迎えたのですぞ?
やめるんだ、マリア。
そういった私情は挟むのはやめましょう、わたし。
まぁそれはおいておいて、
元気がない私を見て先生は
「先週の様子だといけそうだと、思ったんですけどね。」
と言ってた。私は研究室を見まわし、本、借りていいですか、と言った。
唐突すぎる私の質問に対し、「この前もその本見てましたよね」と先生。
佐藤信夫『レトリック感覚』―読みます!!^^
そして私は何を思ったのだか、"It's only a paper moon"という曲、ご存じですか?
などと尋ねた。私はこういったパーソナルな話が大好きだ。
人の中には、それぞれパーソナルスペースがあって、入ってきてほしくない場合もある。
私はそれを察知するのはまぁまぁ長けていると思う。私の指導教授には、そのスペースがほんの少し人より広めに用意されていると感じる。だから話すんだ。私は友達は少ない(ほうだと思う)。心を通わせられる人は少なくていい。尊敬すべき先生とは、仲良くなりたいと常に思っている。私は曲がったことが嫌いだ。だからたとえ相手が教授でも名誉を傷つけられたと思えば素直に言う。実際立ち向かったこともある。自分でも信じられないくらいにびっくりする行動に出ることがある。
それを越えると、師弟関係はより実り多いものになると私は信じてやまない。
尊敬しているからこそ、表面的ではなく、深く心を通わせながら、理解し合いたいのだ。
先生はその曲を知らなかった。
すると先生はついていたパソコンからyoutubeで探し出した。私はびっくりした。
先生はナット・キング・コールのバージョンを見つけ出し、スピーカーを設置した。
部屋中に、大恐慌時代から現在を駆け巡るかのように素敵な歌が流れた。
「映画は知ってますよ、ペーパームーン」
なるほど映画があったんだ。私は嬉しくなった。先生はそのあと自分の黒いipodを取り出すと、それをスピーカーにつなぎ先生がいつも聴くという曲を聴かせてくれた。
「矛盾がたくさんあると思いながらやってると、どうしても進みが遅くなります」
「矛盾は、一つ越えると、いいものになるんですよ」
――そうか。矛盾を乗り越えるんだ。そうすれば一皮剥けたいいものになる。私は矛盾が立ちはだかるという事実ばかりに脅えて、それに立ち向かおうという勇気を失いかけていたのだ。
部屋には『ロンドンデリーの橋』が流れている。
矛盾 を 乗り越える。
私の身体からなんだか不思議な力がわき上がってくる気がした。
先生、私は論文が終わったら、先生のお部屋を掃除してさしあげたいです。
だっていつだって先生の机の上にはお弁当のソースが置いてあるし、どこに繋がっているのだか分からないようなカギが散乱しているし、学生からのお土産のお菓子が無造作におかれているぢやないですか。
それでもあなたはアライグマの絵がついた「手ぴかジェル」を大切に保管している。知っているんですよ。
本当はきれい好きだってこと。でも忙しすぎて掃除が出来ないのです。
矛盾を乗り越えたら、戻ってきます。
先生の部屋に。レトリック感覚を持って。
ロンドンデリーがその甘美な音色を部屋中にめいっぱい飛翔させた後、静かに消え去っていったとき、
私はありがとうございました、と告げて部屋を後にした。
外の空気が気持ちい!!(≡^∇^≡)
さてさて
この前授業後、先生の研究室に残ったとき
(うちのゼミは人数少ないので先生の部屋で授業してます)
「なんか元気ないですね?」と言われました。笑
確かに、一章で行き詰っているから、元気ない感じになってしまいますよねー。
しかも今、授業で読んでる作品が、「お互い好きなんだけど、価値観と育ってきた環境の違いから、なかなか真の意味で心から通じ合えない男女」といったテーマがあって、なんだか読んでてきついのです。
しかも座り方が、ちょうどいい具合に「男対女」みたいになっていて(笑)
みんな「女から見るとここの男性主人公の考えかたが理解しがたいです」
といった感じの意見がきかれ、一方男性は「へぇ・・・」といった感じで「女の考えてることなんか意味わからん」といった雰囲気を出される。(笑)それは被害妄想かな?
とりあえず、この作品の中の女性が男性に縋りだしてしまう―すでにか?―ような気がして少しびくびくしながら読んでいます。そして、最初この女性が好きになれなかったけれど、共感できるところが出てきてしまった自分に嫌気がさしています。だって自分はこれをやったから、終焉を迎えたのですぞ?
やめるんだ、マリア。
そういった私情は挟むのはやめましょう、わたし。
まぁそれはおいておいて、
元気がない私を見て先生は
「先週の様子だといけそうだと、思ったんですけどね。」
と言ってた。私は研究室を見まわし、本、借りていいですか、と言った。
唐突すぎる私の質問に対し、「この前もその本見てましたよね」と先生。
佐藤信夫『レトリック感覚』―読みます!!^^
そして私は何を思ったのだか、"It's only a paper moon"という曲、ご存じですか?
などと尋ねた。私はこういったパーソナルな話が大好きだ。
人の中には、それぞれパーソナルスペースがあって、入ってきてほしくない場合もある。
私はそれを察知するのはまぁまぁ長けていると思う。私の指導教授には、そのスペースがほんの少し人より広めに用意されていると感じる。だから話すんだ。私は友達は少ない(ほうだと思う)。心を通わせられる人は少なくていい。尊敬すべき先生とは、仲良くなりたいと常に思っている。私は曲がったことが嫌いだ。だからたとえ相手が教授でも名誉を傷つけられたと思えば素直に言う。実際立ち向かったこともある。自分でも信じられないくらいにびっくりする行動に出ることがある。
それを越えると、師弟関係はより実り多いものになると私は信じてやまない。
尊敬しているからこそ、表面的ではなく、深く心を通わせながら、理解し合いたいのだ。
先生はその曲を知らなかった。
すると先生はついていたパソコンからyoutubeで探し出した。私はびっくりした。
先生はナット・キング・コールのバージョンを見つけ出し、スピーカーを設置した。
部屋中に、大恐慌時代から現在を駆け巡るかのように素敵な歌が流れた。
「映画は知ってますよ、ペーパームーン」
なるほど映画があったんだ。私は嬉しくなった。先生はそのあと自分の黒いipodを取り出すと、それをスピーカーにつなぎ先生がいつも聴くという曲を聴かせてくれた。
「矛盾がたくさんあると思いながらやってると、どうしても進みが遅くなります」
「矛盾は、一つ越えると、いいものになるんですよ」
――そうか。矛盾を乗り越えるんだ。そうすれば一皮剥けたいいものになる。私は矛盾が立ちはだかるという事実ばかりに脅えて、それに立ち向かおうという勇気を失いかけていたのだ。
部屋には『ロンドンデリーの橋』が流れている。
矛盾 を 乗り越える。
私の身体からなんだか不思議な力がわき上がってくる気がした。
先生、私は論文が終わったら、先生のお部屋を掃除してさしあげたいです。
だっていつだって先生の机の上にはお弁当のソースが置いてあるし、どこに繋がっているのだか分からないようなカギが散乱しているし、学生からのお土産のお菓子が無造作におかれているぢやないですか。
それでもあなたはアライグマの絵がついた「手ぴかジェル」を大切に保管している。知っているんですよ。
本当はきれい好きだってこと。でも忙しすぎて掃除が出来ないのです。
矛盾を乗り越えたら、戻ってきます。
先生の部屋に。レトリック感覚を持って。
ロンドンデリーがその甘美な音色を部屋中にめいっぱい飛翔させた後、静かに消え去っていったとき、
私はありがとうございました、と告げて部屋を後にした。