皆さんに出逢えたキセキ、縁に感謝します。

あれから今日で、まる二年経過しました。

東日本大震災を経験し、何もかもが変わっていきました。

ただ唯一変わらないもの。
それは、人と人との繋がり。絆は永遠に変わりません。

地震だけではなく、大きな津波に人が流されていく姿を、テレビを通じて見ました。

今も海を見ると、津波を思い出します。

ちょうど東日本大震災の前に、映画館で「ヒア・アフター」という津波が出てくるシーンのある映画を見ていました。

日本では起きて欲しくないという思い、出来事が、現実に起きてしまいました。

震災直後は冷静沈着を装いながらも凄く不安で頭の中が真っ白になりました。
それからは、様々なことを考えました。

自分には何が出来るか、これからどう生きていけば良いのか、この先日本はどうなって行くのだろうか、日本復興・復興支援の為にどう動くべきか、東北の知り合いは無事だろうか、東北の知り合いの身内・友人・知人は無事なのだろうか、被災者の方々の健康はどうなのか。

結局は、有言実行しなければ何も始まらない。

想いは、どんな形であれ伝えようとすることが大事。


震災日は、余震が怖く、連絡のつかない東北の知り合いが無事か心配で一睡も出来ずにいて、一夜ずっと起きて過ごしていました。


暫くして、東北の知り合いと連絡を取ることが出来ました。
みんな無事で居ると。
生活に必要なライフラインが、断絶してると。
インフラが復旧するまで、時間が掛かると。
情報が試行錯誤していると。

携帯で話しましました。


私は、身内や知り合いが無事で居てくれ、大きな被害も受けることなく無事にいられました。

被災者の方に何が出来るかと考え実行したのは、募金でした。

少なくとも、届いてほしい役立ってほしいと。

震災翌日にコンビニで募金、SNSでの募金、スーパーへ行った時に募金。

これからも募金続けていきます。

復興と軽くいうの酷ですが、復興していく現実に変わりません。
日本全土で、復興して行かなければならない。
どうあがいても、もがいても。

けして忘れない、東日本大震災を。

この想いは、重圧がのしかかるほど重いです。


どれ程の方々が、被災に遭われたか、亡くなられたか、平和への祈りをしているか、原発事故に関わってるいるか。

何かひとつでも、小さくても、自分にやれるべきところからやるしかありません。

One for all, all for one.
(1人はみんなの為に、みんなは1人の為に。)

戦争、被爆、震災、様々な経験をしてる日本に生まれましたが、改めて人の優しさに触れて感謝します。

ありがとう、日本。

他に言葉が見つからない、、、。


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写メは、震災後にしばらく経った日に行った食の駅に置かれた、津波の被害を受けた爪跡の残る船舶です。
やっと、ブログにUPする事が出来ました。
他にも当時の食の駅には、被災に遭われた缶詰が店内に売り出されておりました。

震災を機に変わったことは、ラジオを聴く習慣が付いたこと。
人を思いやる心が今までよりも遥かに深くなっていた。
震災について考えるようになった。

何よりも、自然には勝てません。



東日本大震災 (東北地方太平洋沖地震)
2011年03月11日(金) 午後14時46分18秒