あまりに濃密な時間を過ごしてしまったため、何を書いていいのやら、言葉がまだ出てこない。


海外の人と仕事をすると、今までの固定概念を簡単にぶち破られる。不況といえど、豊かで安全な国に住んでいるという稀有な贅沢さ、ある一定のレベルを保つ処理能力や協調性を持つ働き者の民族性、そんな自分たちの常識がことごとく打ち破られる瞬間にぶつかると、精神的弱さが露呈され、ぬるま湯で生活している罪悪感にも似た引け目を感じ、さらに混乱と混沌の後に訪れるアイデンティティの崩壊に打ちのめされる・・・。


とはいえ、今回の仕事を一緒に引き受けたS女史いわく、「あんた中身は中国人~」という言葉も当たらずも遠からず。


困難な場面や、あきれるほどの出来事にも、動じず、傷つくこともなく、怒鳴られれば、怒鳴り返す、強靭な神経は、やっぱり中国人なのかも???


一緒に働くスタッフは、みな繊細で、礼儀正しく、おとなしく、飼いならされたワンちゃんのように、何を言われても抵抗しない。


この細やかな神経を持っているのは、世界を探しても日本ぐらいなのではと思うほど。この繊細さが、たぶん「美しい国」を作る原点なのだろう。


ボランティアスタッフとして手伝ってくれた中国人学生が、「日本の人はとても礼儀正しい。すばらしいです」とつたない日本語で伝えてくれた。失われたアイデンティティが少し取り戻せた瞬間。


彼女たちの話にはまだまだいろいろ感動させられた。長くなるので、またおいおい。



それにしても、イベント会場とホテルを往復するだけの日々に、食事を取る時間も深夜。「おなかを壊さないでね~」と心配されたも関わらず、町場の汚い食堂に入って、なんだかんだと、食べ尽くしててしまえる順応性の高さは、やっぱり私が、中身、中国人の所以なのかな~?


今まで、いろいろな人とのギャップや誤解を応じさせてしまう無神経ぶりも、中身中国人だったから??と今頃気づいてみたり・・・。


自分が間違ってても、絶対に認めず、平気で相手のせいに出来て、「没事(メシー)=大丈夫」で全てを済ませてしまう中国人の気質を引き継いでいる、私って・・・。


いろいろ思うことのあった上海だったけど、一番の発見は、自分自身の図太さ、私の中にある中国人気質かもしれない。



5年ぶりの上海は豹変の嵐。この開発はどこまで続くのか・・・。中国のパワーあふれるエネルギーと日本の先人の知恵がうまく融合することが、世界の行く末を握っている鍵なのかもと思ってみたりする。




kurodaが行く



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今後は、スローペースになりそうですが、日中映画祭についても、少しずつレポートしていくつもりです!