こんにちは 西田です。
僕の弟は公務員です。
仕事は、趣味を支えるために5時まで時間を売っているものであることと
将来の年金生活の安定を得るためのものだそうです。
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兄弟って同じ親から育って‥とよく言いますが
全く環境って別な訳ですよね。
2つ↓なのですが、僕にとって人生の3年目からは
常に↓に弟がいて親の言葉を聞く側と
生まれた時にもう一人自分よりちょっとデカイヤツがいて
うまれてから一度も親の矢印を独り占めしたことが無く
親の言葉を聞いてきたという環境の差がある側。
そういう初期環境の差って大きいんだろうか、とか
思わずにはいられません。
なぜ彼と僕はこんなにも考え方が真逆なのか、と
色々理由をかんがえたりします。
で、それが人生に望むもの。
「○○に望むもの」って文脈を見ると
あなたに望むもの、親に望むもの、兄弟に望むもの、
恋人に望むもの、夫婦互いに、望むもの、子供に望むもの
先生に望むもの、政治に望むもの、政治家に望むもの、
社長に望むもの、会社に望むもの、・・・・・・
○○にこうあって欲しくて、○○が「こう」ふるまう事によって
自分が受け取るものはこうなる、だから○○には「こう」あって欲しい。
人生に望むもの
人生にこうあって欲しくて、人生が「こう」ふるまう事によって
自分が受け取るものはこうなる、だから人生には「こう」あって欲しい。
人生には波風立てずに趣味だけ実現させて欲しい、
そうすれば趣味に没頭的で幸せだから、と望めば
人生から受け取るものは、それ。
人生には苦難を与えて欲しい、そうすれば、成長するから、と望めば
人生から受け取るものは、それ。
でも、ことはそう単純ではなく、望むとは今そうでないからで
その「こう」あって欲しいことへのこだわりが強いほど
平衡力が働いて・・・・・・それはなかなか実現せずに
人生に望むものを手にいれられずに翻弄される。
人生に望むものを望んでいる人生を手にいれ続ける。
人生に望むものが「自分のもの」であれば平衡力は起きないのですが
「ひとのもの」を望むと大変・・・・・・。
さて、人生になにを望むか?
にしだ拝
