こんにちは 【横浜】の一人ビジネス西田です。
なんの映画だったか、本だったか、忘れたのですが
「育てている」に対して、
ようするに
「オレは田を耕し、種をまき、水をやり、害虫を見張り、云々かんぬん‥」で
「米を育てている」と。
う~~んニュアンスが思い出せないが、
そもそも、種はおまえが作ったのか?大地はおまえが作ったのか?
太陽はおまえが作ったのか?水はおまえが作ったのか?
みたいなことで、
米が育つことの中で、ご~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~く
わずかだけ、何かをしただけではないか、と。
「育てた」などと傲慢だ、といわれる
本だか、映画だか、そんな一幕があります。
で、ましてや
「育てたい」「育てる」など然りです。何様か、と。
で、ましてや、、、、
人間を「育てる」と思うなんてさらに傲慢きわまりないと
僕は思う訳です。
我が子しかり、他人様しかり、
「育つお手伝いをさせて頂いている」。
単にできごととしてとらえる。
「あ、育った」
「で、良かった良かった^^」と。
自分もろくに育てることができないのに、
育っていないのに
ひとさまを「育てる」なんて、傲慢甚だしいですよね?
あ~、すっかり忘れていた?というより、意識に上らなくなっていた
自分の価値観が浮上してきて文字化できて良かったです。
> 受講生のみなさま
そうです、僕はそういう概念=「育てる意識」と遠いところで
おつきあいをしているようです。
だから、自立から自律なのでしょう~。
にしだ拝

