こんにちは 【横浜】の一人ビジネス西田です。
子供が「抱っこして」と言う。
「自分で歩きなさい」
「もう、○才でしょ」
「おねぇちゃんでしょ」
「おにいちゃんでしょ」
そのうち、
だだをこね始める、泣き始める、大泣きになる
座り込む、引きずられる、見捨てられる、先に行ってしまう
さらに大泣きになる、振り返りつつ、さらに先に行こうとする
根負けして抱っこする・・・・・・
その時には、鬼の形相で抱っこしているし
子供は大泣きではながぐしゅぐしゅで
しゃくって、肩にぺっとりとうなだれている。
無言で歩いている。
またまた、
子供が着替えさせてという。
「自分で着替えなさい」
「もう、○才でしょ」
「おねぇちゃんでしょ」
「おにいちゃんでしょ」
なんでも自分でやるのが自立で本人の為だとも思っているし
あまりに面倒で構っていられないから自分でやって欲しい、、、と親は思う。
でも
中学生・高校生になったら
「抱っこしてあげようか」
キモ
着替えさせてあげようか
アリエナイ
もう一生、
抱っこも、
着替えも
うんちをふいてあげることも
歩みの遅いのも
よりみちばかりで早く行きたいのにだだをこねるのも
一生
体験することができません。
どうせ
どうせ、
いやだといっても
やめてと言っても
しないでと言っても
自分でうんちは拭くし
着替えるし
自分で歩くし
自分で道を見つけるわけですから
その「抱っこ」が、最後の抱っこかも知れない
次は、
僕らが抱っこしてもらってうんちを拭いてもらって
着替えさせてもらって、行きたいところには
ゆっくりゆっくりと、子供に連れて行ってもらうかもしれない
それまでの
人生、
お互い自立してしまうと
うれしくもあり、さみしいことでもあり
ふくざつなんです。
だから、
抱っこ
も「抱っこ」と言ってくれる限りは
抱っこし続けます。
もう一回多く抱っこしてあげたいものです。
たとえ、腕が重くて、腰にぐっと来ても・・・・・・。
〆
追記
‥じつは、自分も同じです。もう、出来てしまったら、そのできていない
しょうもない自分には生涯出会えないのです。
できない自分も慈しみながらかみしめながら味わっていきたいものです。
最近ブログをせっせと書き込み、記事を整理していました。
読者の方も増えているようなので再掲しました。
にしだ拝
