ある駅前に設置された
つながりやすいと噂の公衆電話には
毎日長蛇の列。

1人が10回以上かけて
30人に1人
つながるかつながらないかの確率。


父親がそこに毎日何回も並んで
ようやく
大阪にいる祖母と連絡がとれた。

被害が宝塚よりは少なさそうで
ガスも復旧したとのことだったので
家族で居候させてもらうことに。

大阪まで電車で移動する途中に見た
街の凄まじい崩れようは
『テレビを見てる』
ような気持ちでしかなかった。


その時すでに
震災から1週間。


10日がたった頃に
ガスが復旧して
学校も再開したとのことで
宝塚に戻る。


でもまだ
脱線したままの電車とか
倒壊した家屋等の復旧作業は
まったくもって進んではなかった。


私の通ってた中学校は
午前授業だけやって
コッペパンと牛乳だけの給食を
みんなで食べてから下校。
の流れが結構続いたかな。

そこに
いちごジャムがついて
お味噌汁がついて
おかずが増えて…


いろいろなことが
【普通】へ復旧するにつれて
自分の記憶が曖昧。



記憶がない
【普通】ってなに。
ここで思う。