父親は結局
電信柱や家の2階部分だけが落ちてるのが
もはや普通になってる道路に
途中で諦め悲しくとんぼ返り。


帰りがけに何軒も寄ったらしいコンビニで
かろうじて売れ残ってたからと言い、

◇食器用洗剤と
◇スポンジを3個と
◇蚊取り線香と
◇ティーン向け雑誌を

買ってきた父親。
(言っておきますが本当です。)


…かける言葉が見つからなかったよパパ。



話は戻って。

明るいうちは
それぞれの家で掃除片付け作業等。
暗くなってきたら
体育館に移動して寝泊まり。
そんなサイクル。


皆がお互いに気を使ってるからか
体育館生活での夜は静か。

その反面、余震があると
その揺れがどんなに小さくても
すぐに悲鳴がたくさん上がる。

皆の眠りが浅いのが分かる。


3~4日程経った頃
(ちょっと記憶が曖昧)
電気と水道が復旧。
(水の量はすごく少なかったけど)


トイレは1日3回位しか流せないけど
それでも十分ありがたい。
(汚い話ですみません)


自宅の電気ポットでお湯を沸かして
身体が拭けるようになる。


そしてちょうどその頃
洗髪をしてくれる美容院や
浴場を開放してくれるホテルの情報が
出始める。


地区ごとに定められた
受け入れ日や時間帯が違うはずなのに
人でごった返す。


でも相当ありがたかったなぁ。


つづく