あの悲劇から
14年が経ちました。ね。
当時私は中学一年生。
兵庫県宝塚市にある
一戸建てに住んでいました。
酷かった。
酷すぎました。
母の悲鳴で起きて
(↑ここは突っ込みドコロ)
長い酷い揺れに
身動きひとつとれず。
両親が家具を必死に押さえてくれたので
幸い家族全員が助かりました。
その押さえていた家具は
揺れに耐えきれず
脚の部分が折れてしまいましたが。
家は内外共にヒビだらけの半壊。
食器棚はぐちゃぐちゃ。
テレビや電子レンジは床に落ちて
両親の集めてたワインは
床で砕けて中身が流れてる。
もはや何の破片なのかも
わからない状態な床。
リビングテーブルの下に
布団を敷き詰めて避難。
ラジオをつけて
土足で余震に備える。
ドアや窓が歪んで開かない。
父親が力ずくでこじ開けて開けっ放しに。
寒い。
隣の家がうちに寄りかかってて
余震の度にギシギシと音をたててる。
辺りはガス漏れのにおいが立ち込めて
何軒かの家からは煙が立ち上がってる。
静まりかえってて不気味。
地震直後の様子。
まだリアルに記憶が残っていることに
自分自身驚きました。
つづきます
14年が経ちました。ね。
当時私は中学一年生。
兵庫県宝塚市にある
一戸建てに住んでいました。
酷かった。
酷すぎました。
母の悲鳴で起きて
(↑ここは突っ込みドコロ)
長い酷い揺れに
身動きひとつとれず。
両親が家具を必死に押さえてくれたので
幸い家族全員が助かりました。
その押さえていた家具は
揺れに耐えきれず
脚の部分が折れてしまいましたが。
家は内外共にヒビだらけの半壊。
食器棚はぐちゃぐちゃ。
テレビや電子レンジは床に落ちて
両親の集めてたワインは
床で砕けて中身が流れてる。
もはや何の破片なのかも
わからない状態な床。
リビングテーブルの下に
布団を敷き詰めて避難。
ラジオをつけて
土足で余震に備える。
ドアや窓が歪んで開かない。
父親が力ずくでこじ開けて開けっ放しに。
寒い。
隣の家がうちに寄りかかってて
余震の度にギシギシと音をたててる。
辺りはガス漏れのにおいが立ち込めて
何軒かの家からは煙が立ち上がってる。
静まりかえってて不気味。
地震直後の様子。
まだリアルに記憶が残っていることに
自分自身驚きました。
つづきます