最近は日本が大好きになってしまい、その手の関連動画を見たりするようになった。

はやぶさしかり、サッカーしかり。

日本人として日本を好きになることに喜びを感じる。


第二次世界大戦で大活躍したパイロットの逸話で、空軍にはいざ戦時では

上下関係はなく、上官が理屈に合わないことを言えばそれを説得する、

それでも聞き入れてもらえないときにはこぶしでわからせる、というくだりを見た。

現代的にその行為がどうなのか、また発言の真意はひとまず置いといて

この言葉の意図するところは、人間の生死にかかわる極限状態の

ところではそのときに一番良く分かっている人の言葉、経験を重視し、

確実に正しい採択をしないと命取りになる、ということである。

その場合、発言者の上下関係やつまらないエゴや体裁は必要なく、その発言や

それに伴う行動に対して的確に評価、採択をすることが上官には求められる。

実際には利権や損得が絡んだ讒言もあれば、真に行く末を案じるがゆえの

苦言もあり、讒言ばかりを取り入れて苦言や忠告を聞き入れることがなければ

国が滅んでしまうのは、世の中が実証している。

人を良い気分にさせるためにおだて続けるのは簡単だし、

下手に忠告しようものならかえって自分の地位が揺らぐ、という世界も多々ある。

自身、自己保身に走った上の人たちがやりたがらない本来、彼らの直属部下である

派遣さんの解雇通知、面談を一手に受けて、一部、彼女たちの恨みを買ったことがある。

もちろん理解してくれる派遣の子もたくさんいたが、世の中には目の前にある

不幸に対して一番直接的に関係している人にぶつけてくることも致し方ないところが

あり、ただ、ひたすら彼女たちの恨み事や不満を受け入れてた時代があった。

で、はたから見てた人に、なぜその仕事を受けたの?みんな断ってるのに、

と聞かれたことがあったが、そんな質問は本当に意味のないことで、上の圧力で

下が苦しんでる状況でそれを見過ごすことができるわけない、ただそれだけのことだった。


簡単に人を切る人たちには絶対に理解できないだろうが、一人一人には心があり、

それを相手が納得しないとしても、粘り強く誠実に説明する義務があると思っている。

これは下の人たちを切って、私自身もその責任を取った例。

逆に、上の人を切った例は、ちょうど6月の初めに日本人ならだれでも知ってるあの話題。

しかし、頭が挿げ替えられただけで支持が急上昇したが、、、それでいいのかな。

根本的に何かが変わらないといけないだろうし、もっと中身を良くみて、

考えて行動しないと、、、結局元の木阿弥になる気がして仕方ない。

昨日からどうも休止モードに入ってるので、休憩つぶして変な日記になってしまった。