​この世界は二元性。

良く聞く言葉だ。

確かにね。

右、左
前、後
上、下
裏、表

生まれてきた姿の体の構造のみで言うと
(内側は色々だし、そこは自由が○)
男、女

光、闇
善、悪

あげたらキリが無い。


今までも考えた事って
幾度となくあって、

特に善と悪。
私の中で永遠のテーマなのかな?
って気がしてたんだけど。



私の中で、カチッとハマった。


「私は善であり、
善たら締める悪である」


「私は光であり、光を可能にする闇である」


【神との対話より抜粋】


善を善にするためには悪が必要。

光を光として輝かせるには闇が必要。


だから、どちらか一方に偏りたくないなと。

善に寄りすぎず
悪を嫌わない。

光に偏りすぎず、
闇を恐れない。

どちらも私の中に在る。
ただ在る。

これが私にしっくりきた。


どうしても、善を良しとし、
光を欲するんだよなーって魂が抜ける

その方が外側からの見てくれがいいから
印象がいいから。


本当に楽しくて笑ってる時は
闇なんて見えないし、
わざわざ闇を見る必要もないけど、

凪の時間に出てくる悪や、闇は
嫌わないで受け止めていこう。

そう思った。



わかりやすいのは、
ECOとか。

ECOが善になってる人は
ECOを考えない人に

「何故あなたはECOじゃない事ばかりするの?」

って言うかもしれない。
言わなくても頭の中で腹を立てるかもしれない

何故なら、ECOが善であるから。
悪を裁かなくてはいけないから。


例えば、ECOが善の人でも、

【私には善でも、他人の事は関係ない】と
思える人が居たとする。

でも、ECOが善である事にはかわりない。
だから
出来なかった自分を【悪】にする
かもしれない。

私よりもっとECOを頑張ってる
人を見て

あ、洗濯洗剤はあれを使って、
食器洗いはECOたわしにして…
掃除は重曹にして……

あー、もっと、もっと…
もっとできなくちゃー真顔真顔

って、善が自分を苦しめる
可能性がある。
一時期無かった?
ECO疲れ。とか
ECO鬱。みたいな言葉。

例えは、ECOにしたけど、
私は、ちょこちょここんな事を
してる。してきた。

自分と向き合うノートで本当に
よくよく気付いた。

元々、自分的ネガティブな
方を見る事が苦手だ。

それは世間で言ったら
そこまでネガティブな事じゃない
かもしれないけど。

明るくて、いつも楽しそうで、幸せそう
そう見えたい見栄が止まらなかったんだもん。

いや。基本的には明るいの。
基本的にはいつも楽しめる。

陰キャと陽キャで言ったら

陽キャ。

だからこそ。

闇とか、悪とかを
明るみにするのが苦手だった。

だから、たまに、

周りから見た私と
自分とのギャップに苦しんだりして真顔


でも、こんなふうにブログに書けるように
なっただけ、進歩した!

これからは、苦しい、悲しい、助けてぇー
ってここに書いていこうかな💓

って最後はいつかの私の
ネガティブキャンペーンの告知で
締めくくります。

おやすみぃースター