叶わないことはわかっている。
それでも――愛のある家庭に生まれたかった。
いや、たとえ愛がなくてもいい。
せめて、湯を張った浴槽に顔を無理やり沈められて窒息しかけたり、
圧倒的な力の差のある親に命の危険を感じるようなことをされたり、
面前で父が犬を虐待する様子を見させられたり、
毎日のように、力の強い兄に硬い家具で頭を打ち続けられて脳に一生涯にわたる後遺症が残る――今この瞬間も、障害を負った脳と共に生きている。私はあの日から10年以上、毎月脳神経外科の病院に通っている。これからも、命が尽きるまで通い続けることになる。治らない障害を負ってしまったからだ。
そんな悲惨な人生が待っているなら、生まれてきたくなかった。
そして、暴力を受けて苦しいと必死でSOSを出しても、
「そんなの子供のよくある喧嘩!💢」と怒鳴られ、
なぜか私だけが叱られるような、そんな理不尽な家庭ではなく、
ちゃんと私の痛みを受け止めてくれる場所に生まれたかった。
仕事帰りに性被害に遭ったことを打ち明けて、母親の第一声が「どうせあんたが繁華街でも歩いてたんでしょ💢」という私を責める言葉を言わないでいてくれる親であってほしかった。
本来、家は心理的安全性が守られる場所であるべきなのに、
私にとっての家は、どこよりも危険で、どこよりも怖くて、
身体も心も痛めつけられる、逃げ場のない、恐ろしい場所だった。
首藤はるか