もうひとりのわたし。 | 三日坊主と呼ばれても。

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私は人といたいとき派!

本文はここから



こんな日がいつか来るのは分かってたから長いこと、

心の準備

をしてきたつもり。



父が生きていた頃から、

何度となく【同居】を提案してきたけれど、

頑として受け入れなかったのは、母のほう。



「こんな頑固な私と一緒に暮らしたってうまくいくはずがない。」

「一緒に暮らして嫌われてから追い出されても、行くところがないからヤダ。」

「わざわざ(わたしが)ダンナと親の間に挟まって苦労する必要なんて無い。」



うちの親子関係は悪くはないと思うが、

一般的に見られる世代間同居トラブルの数々や

大勢で暮らせば、ある程度生活面での遠慮や我慢が伴うことを嫌って、

一人娘からの同居の申し出はことごとく一蹴されてきた。



それは単なる母の我侭だけでなく、

三番目の理由がとくに大きいんだと思っている。



親を思う心に勝る親心



「親が困っていればその面倒をみるのは子どもの役目だ」と、

父はそんなことをよく口にした。

心臓を患う母が万が一先に逝ってしまったら、

こいつ(わたし)の厄介になるんだろうなと、

父はある程度の覚悟を決めていたのだろう。

しかし、母は違う。

一人でだってやっていける。

できるところまで一人でやっていくんだと、

違う意味での覚悟があった。


しかし実際父が亡くなり一人になってみると、

心と体がバラバラになった。


毎朝出勤前に、実家へ立ち寄り、

母の様子を覗っているのだが、


「ゆうべ11時まで起きて待ってたのに、お父さん帰ってこなかったのよぉ。」
 
「お父さん、アンタのところに泊まってんじゃないの?」

「今朝はまだお父さん起きてこないの。もうご飯できてるのに。」



いつも母は、

父の帰りを待っている

遺影と心の中に住む父との会話を

現実のものと錯覚する。



しばらくわたしと会話しているうちに、

「写真なんだから、ご飯なんて食べないんだけど。」とか、

「自分がおかしなこと言ってるのは分かってる。」とか、

言うんだけれど。

自分が辻褄の合わない話をしていることを自覚しているので、

自分を誤魔化し、

相手に話しを合わせてくるので、

普通の会話をしている分には、

ちょっと関わっただけなら他人が、

オカシイと気づくことは難しいかもしれない。

でもこれは、明らかに 認知症初期 だ。


先週は、

もう50年以上前に亡くなっている母の祖母が泊まりに来ていた。

父と布団を並べて、あっちの部屋で寝ているらしい。

幽霊なんかじゃない。

母には本当に見えているんだろう。

嘘を言ってるわけじゃない。



今週になって、

「わたし」が「ふたりいる」

ことになっていた。

わたしが会社帰りに母のところへ寄ってみると、


「あら、おかえり~。遅かったね。うちのともよんは?」


はじめ、孫(私の娘)のことを言っているのかと思ったが、

母にとっては「うちのともよん」と

嫁いで家を出て行った「ともよん」がふたり存在しているようだ。

「わたしがあなたの娘のともよんですが?」

というと、

「アンタは、ともよんでしょう?○○に住んでるともよんよね。

 ほら、うちでご飯食べてるうちのともよんよぉ・・・??あれ?」

「母さんには、娘ひとりだったでしょう?ともよんはふたりいないよ?」

「・・そうだよねぇ。でももうひとりいたような気がしたけどぉ。

 ・・んじゃあ、△△に勤めていて、うちでご飯食べるあの子はなんて名前だい?」




とくに夜は、寂しいんだろうなと思う。

「うちに来るかい?」というと、

真顔になって、

「なんであんたんち?大丈夫、ひとりで大丈夫。」



ああ、

わたしがふたりいたらいいのに、

と心底思っているのは、このわたしかも。





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