心に留めておきたい事 | Haruのセブ⇒NZ⇒オーストラリア生活へwith my asawa and baby

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フィリピン人旦那と娘と息子と私。
セブ島で約2年半ほど暮らし、旦那と当時3歳の娘を連れて2015年6月にニュージーランドへ移住。
2021年7月にオーストラリアへ移住してきました。

普段忘れがちでも、できれば私がいつも心に留めておきたいことは、今の自分がめちゃめちゃ幸せってこと黄色い花


この歳で初めて風邪以外の病気になって入院して、身をもって体験しました。


昨年、初めて妊娠して出産してめちゃめちゃ嬉しい出来事があったけど、

その1ヶ月後、発熱が出て咳が続き毎週通院・・・挙句の果てにはめまい・呼吸困難・嘔吐・ご飯も食べれず、一人で起き上がることすら出来なくなり救急車で運ばれました。

来日していた旦那は毎日お見舞いにきてくれました。

たかが肺炎やからすぐに退院できる予定やったし、実際退院したけど・・その日のうちにまた発熱。

また入院したら旦那と同じ日に一緒にフィリピンに帰れなくなる・・・そう思って少し考え、結局担当医師に母が緊急電話。

強制入院を言い渡され再入院となり、旦那は一人で帰国してあいちゃんとは離れ離れに。


発熱⇒点滴⇒退院間近⇒発熱 の繰り返し。。

毎日点滴するから一日中腕に針が刺さったままで、最初は外出許可をもらってあいちゃんに会いに家に戻ったりしてたけど、外出もできなくなりました。


どれだけ強気で頑張っても結局はまた発熱の繰り返しで、いつ退院できるかわからず、どんどん心が病んでいって毎日一人で泣いていました。


旦那もいない、あいちゃんもいない、親もいない、
誰か良くわからない同じく病気をもった人たちと毎日就寝と食事を共にする。


咳が出始めてからあいちゃんとろくに一緒にいれずお世話ができなかったのは約3ヶ月間。とても長く感じた。
クスリや点滴の副作用が出るため母乳をあげるのは一時ストップしたけど、
結局入院のストレスと搾乳が続き母乳は全く出なくなりました。

母として愛する我が子に何もしてあげることが出来ない悔しさと不甲斐なさでいっぱいでした。


もちろん私よりも世の中にはもっと苦しんでいる人やもっと重い病気を持っている人が沢山いるけど。。



その病棟生活で書いてた日記を読んだら、私ホントに苦しかったんやなって・・辛かった気持ちと、今がものすごく幸せで嬉しいって気持ちで涙が出てきた。

小さな幸せと思っていたことが、ホントはめちゃめちゃ大きな幸せってことにその時改めて実感しました。
ご飯を食べれることも、外に出れることも、自由に体を動かせれることも、働けることも、愛する人と一緒にいれることも。

旦那とはしょっちゅうケンカするけど、なんだかんだ言いながらもいろいろやってくれて、いつも私とあいちゃんを愛してくれていること。
あいちゃんもしょっしゅう泣くけど、泣いてる顔も笑ってる顔も大好きでそれを見れる嬉しさ、どんどん成長していくのを近くで見届けることができる嬉しさ。

入院中もずっとあいちゃんのお世話をしてくれてた親と姉、お見舞いに来てくれた友達、ずっと私を支えて待っててくれた旦那に感謝してます。


自分も大切な人も、いつも健康で元気にいれますように黄色い花