小動物というのは本当に残酷だと思う。
鳥の死を、社会の授業で習った公務員の働きだけをピックアップしてタイムリーだと叫んでいた自分を殴りたい。
命という不透明な動力を源に鼓動を発生させる点では鳥だろうが、微生物だろうが同じだし。
鳥をぼくに見立てて、ぼくを巨人に見立てると、死んでいるぼくを見て、巨人は騒ぐのかな。
今日は用事があって金沢の夜を歩いたけど、幻想的だった。
人でもこんなにも美しいものを作れるのかと感心させられた。
鳥にとってはどうなんだろう。
ビルや電波塔が障害になるのだろうか。
持続可能な社会とかよく聞くけど、人間だけが幸せでいいのかなー。
同じ動力源を共鳴する日が来るといいですね。
激しめの音楽をアラーム音にしてぼくは嫌々目覚めた。
いかにも暗そうなカーテンを開けると、本当に真っ暗で驚いた。
こんなに真っ暗で新聞配達の人なんか大変だな、なんてことをつくづく思う。
こういう時間を暁とでもいうのだろうか。
何か中途半端な自然の摂理というか。
とにかく何か心を揺さぶるような力を持っているんじゃないかなって思う。
ぼくは夕方にもそんな感情になることがある。
朝、昼、夜で一日が3つに分けられるけど、その間には、絶対にこんな時間が存在する。
はっきりとした名前はないのだけれども、決められたものよりも美しかったりすると思う。
そんなふんわりとしたものが人の支えになることが多いんじゃないかな。
ちょうどこの文章を書き終わるこの今の瞬間に、何よりも明るくて活発な太陽の光が降り注いできた。
不安定な学校生活を送った後に学校からそのまま塾に行った。
塾のトイレの窓から外を見るとそこには神秘的な景色がぼくの目に映った。
景色の話なんてぼくは本当に無能だな、なんて思ったり。
とはいえ、今日の景色も綺麗だった。
君の名は。でいうところのカタワレ時みたいな時間に見たんだけど、驚いたのはその景色の上の雲だった。
なんか台風とか竜巻とかを無理矢理雲にしたらこんなのになるのかなっていう感じだった。
そんな凄いものを見たんだけど、手元にはスマホがなかった。
最近やたらにカメラで写すことのできない状況の中で、ものすごいものに遭遇する。
だから本当に特別なものは肉眼で見ることしかできないのかもしれない。
学校生活も残り少ない。
そんな生活の中でカメラで写せないような特別なものと友達と見つけられたらいいな。