先日、年に一度の健康診断へ行ってまいりました病院


アラフィフであるからして、毎回 マンモも受ける…。

「グラマラス」…からは ほど遠い人生を半世紀生きてきてますので、毎回 マンモの技師さんには 申し訳ない気持ちになります…あせる

「痛いですよね…ごめんなさいね…」などと やさしい言葉さえかけてくださり、汗だくになって かき集めてくれます…(//・_・//)…お手数をおかけします…m(_ _ )m

今回は、斜めから挟む(!)ときに、「あばらにあたっちゃいますね…ごめんなさい…ちょっと 我慢してくださいね…」と、うちの娘ほどの若い技師さんに言われたよ…汗

マンモをやられたことのある方には なんとなくわかってもらえるかと思いますが、乳房を挟んでなるべくぺったんこの状態にしてレントゲンをとるのですが、挟むべくその板(…と呼ぶのか?)が動く時に、胸に至る前に あばらのとこを ガガガとあたる…わけです…。(´д`lll)

…情けなか…。゚(T^T)゚。ペチャパイにも ほどがあるわさ…(x_x;)


総合病院での検診でしたのですが、久しぶりに 半日も病院にいて、ふと アメリカ在住していた時の 日本人ドクターのことを思い出しました。


渡米して すぐ子供の学校の手続きに必要な予防注射などは、以前にもご紹介したMさんが 一緒に医療機関に行ってくださったので、通訳をお願いして 滞りなく済ませることができ、その後 幸運にも 家族、風邪も けがもなく、健康に過ごしていましたので、病院のことは あまり気にしてなかったのですが、駐在して1年後の暮れ、ダンナが大風邪をひいた!!


結婚して以来、ダンナが熱を出したことなんかなかったのに…。

その彼が、40℃の高熱を出したのだ。

たぶん、彼の人生で初めての経験だったようだ。


市販の解熱薬を飲んでも 下がる気配がない。

時間もだいぶ遅く、途方に暮れた私は Mさんに相談。

しばらくして、また Mさんから電話をもらい 往診してくれる日本人のお医者さんがいるらしい…と、知らせてくれた。

急いで、聞いた電話番号に℡すると、何人か 往診しなければならない患者さんがいるので、順番に伺います!と言ってもらえたのだ。

その間も、でっかい図体にもかかわらず、 「う~ 死ぬぅ~…はぁはぁはぁ…」とあらい息をするダンナ…。

この時ばかりは、もう どうしたらいいか…

途方に暮れてしまった汗汗汗


お医者さんがいらっしゃったのは、確か 夜中の1時をまわっていたと思う…。

注射をうってもらって、その日は 落ち着いて 寝てくれました。

先生に伺うと、診療所が すぐ近くだということが判明!!

これで、我が家のホームドクターが決定したのでありますラブラブ


時はクリスマスホリディ。

先生は 薬をたんとくださり、年明けに もう一度受診してくださいね と言い、用意したお茶にも手をつけず、「もう一軒行かなくてはならなくて…」と、真夜中の街に エンジン音と共に走り去っていかれました……とぉーっても心細かった我らには、暗闇に舞い降りた 天使のようでしたよ…・゚゚・(≧д≦)・゚゚・…合掌…。


ドクターが来て下さったのが、日付けが22日に変わった夜中。

その2日後の24日に 我らは、 ナント 初のハワイ島旅行を計画していたのだ。

キャンセルしようよ という私の提案にも、かたくなに拒否するダンナ。

注射が効いたのか、日本人の頼りになるドクターの存在に安心したのか、嘘のように熱も下がり、回復に向かってはいたが、ほんの 2日前には 「死ぬぅ~…」とうめいていた人を 南国に連れて行っていいものか…(´_`。)


ホントに 旅行なんてどーでもよかったし、子供たちも「ハワイ」自体どんなとこなんかも知らんかったので、「別にお家にいてもいいしぃ~」ってカンジだったのだが、どうも ダンナが一番楽しみにしていたようだ(+_+)

「這ってでも行くッ」ときかない。

あんまり言うことをきかないので、もう 最後の方は こちらも頭にきて、「もぉー知らないもんね、向こうでどうなってもッ!!」とヤケに。


結局 予定通り 旅行を決行。

ロスからまずワイキキの空港へ飛び、そこから再びハワイ島へ。

ワイキキまでの飛行機の中では、まだ なんとなくだるそうにしていた彼だが、ハワイ島に着くころには 瞳にも輝きが戻り、すっかりウキウキ顔に。


…あらあら…。


たっぷり7泊した我らだったが、病み上がりだという気配を微塵も感じさせなかったダンナ。

唯一、慰めの言葉をかけたのは 何日目だったか忘れてしまったが、ケアラケクア湾へのボートツアーに参加し、キャプテンクックの記念碑の近くで、シュノーケルに出かけた時だ。


ざっと 30人位でボートに乗り込み、ケアラケクア湾にて さんざんシュノーケルを楽しみ、私と子供たちは 疲れと寒さでボートにあがってしまったが、子供から解放されたダンナは ここぞとばかりに、一人 シュノーケルを楽しむ…。

長野の山間で生まれ育った彼だが、泳ぎが得意。

若いころは 仕事の前にサーフィンに出かけてた程…らしい…。


ボートの上から眺めていると、

「なんだか わかんないけど、潜れないんだ…」と珍しく弱気に叫ぶダンナ。

「ついこの前まで、風邪ひいてたからなんじゃない ?」と私。

「んん~… おかしいなぁ…」と 訝りながら、何度も試す…。

そうこうしているうちに時間となり、仕方なくボートに上り込む。

でも、海はきれいだったし 魚もたくさんいて、生まれて初めてのシュノーケルに 家族一同 感動してましたラブラブ!


ただ、この時のボートで気になったことが…。

このシュノーケルツアー、昼食付きで ケアラケクア湾でボートをとめ、船上でスタッフが ハンバーグと飲み物をサーブしてくれるのだが、その食後、スタッフたちが雑談しながら 後片付けをしていた。

使った 器具やでかい入れ物等を洗い始めたのだ。しかも 洗剤を使って!私は持っていたペットボトルを落としそうになった…えっ

洗っている時から すごーく気にはなっていたのだが、悪い予感はあたり、泡になった洗剤は なんの躊躇もなく あの美しい海に流されたのだ…むかっむかっ

信じられない光景だった…。

この美しい海のおかげで あんたたちはお給料が貰えてるんじゃぁないんですかッむっむっむっ




当時のアルバムデス・・・

こんなに美しい場所でした…。


しかし…悲しいかな…そのスタッフに 猛烈に抗議する度胸も英語力も持ち合わせてなかった私は、眉間にしわをよせ こぶしを握り締め、真一文字にむすんだくちびるに力を入れることしか できなかった…しょぼん

ネットで見たが、今でも このボートツアーは存在しているようだが、今は もうこんなことが行われてないことを心から望んでいる…o(_ _*)o



旅行から戻ったのは 大晦日の12月31日。

アメリカの正月休みは短く、1月2日から仕事も始まる。


ドクターに言われた通り、年明けで すぐに受診し レントゲンをとったダンナに、先生は一言

「あー○○さん、 肺炎でしたねぇ」



「だから、あんなにがんばっても 海に潜れなかったんだー!!」


( ̄□ ̄;)