こんばんは(*^_^*) 鈴成上々です♪
最近、小5・中2の子供達と交代で夕食を作っています。
サブ的に出来ないところを手伝ったり、作り方を教えたりはしていますが、メインは子供達が作っている日もあります。
少し前に、夕食を作るのがつくづく嫌になってしまい、子供に
「夕食、作ってくれへん?」
とたのんだところ
「いいで~」
と引き受けてくれたことがきっかけです。
夕食を作らなくてもよくなってみると、嫌だったのは
絶対に作らなければいけない
という強迫観念の方でした。
別に私がしなくても、他の誰かがしてくれる、と思えた時、
夕食を作るのが嫌ではなくなってきたのですね。
とかく
母であるならば
妻であるならば
女性であるならば
と、自分を縛ってしまいがちですが、
本当にしなければならないことは何もない
ということを実感として感じました。
しなければならないことが何もない、ってわかると、
本当の選択がそこから始まります。
(今までも「しなければならない」と選択していたのですけどね)
最近、小5・中2の子供達と交代で夕食を作っています。
サブ的に出来ないところを手伝ったり、作り方を教えたりはしていますが、メインは子供達が作っている日もあります。
少し前に、夕食を作るのがつくづく嫌になってしまい、子供に
「夕食、作ってくれへん?」
とたのんだところ
「いいで~」
と引き受けてくれたことがきっかけです。
夕食を作らなくてもよくなってみると、嫌だったのは
絶対に作らなければいけない
という強迫観念の方でした。
別に私がしなくても、他の誰かがしてくれる、と思えた時、
夕食を作るのが嫌ではなくなってきたのですね。
とかく
母であるならば
妻であるならば
女性であるならば
と、自分を縛ってしまいがちですが、
本当にしなければならないことは何もない
ということを実感として感じました。
しなければならないことが何もない、ってわかると、
本当の選択がそこから始まります。
(今までも「しなければならない」と選択していたのですけどね)