
「狭い!!」
「ひえ~~~~~!」「狭いとな~~~~!」
私の生き方は「狭い」らしい

どうやって「今」があるのか、ひもといてみたい。
生まれたのは、1967年1月14日。
冬の寒い日だったと思う。(憶えていない)
何しろ、福井県敦賀市。
今よりずっと雪が多くて寒かったはず。
人生で最初に吸ったのは、母の実家があった敦賀の空気。
それから、しばらくして滋賀県大津に戻ってきた。
今も大津に住んでいるが、生まれてから大津以外に住んだことがないのだ。
(やっぱり狭い!)

何枚かだけ実家から持ってきた写真。
我ながらかわいい♪
かわいい写真しか持って来ないのだ!(当たり前たいそ~じゃんじゃん)
この頃の記憶はない!
昨日の晩御飯を思い出すように
生まれた時からの記憶が思い出せるという人がいるらしいが
信じられない。
これもかわいい♪
本当に私なのか・・・自信はない。
自分で自分をかわいいというくらい当てにならないことはない。
ケーキを食べる気マンマンなのは、この頃からなのか・・・
三つ子の魂百まで、である。
もう一枚かわいい写真があったのに、アメブロに拒否された。
なぜかアップロードできない。
もう、充分なんだろう。
幼稚園の時、憶えているのは
グルグル回る遊具でよく遊んでいたこと
神父先生に英語を習ったこと
田んぼがれんげ畑になっていて、首飾りを作ったこと
そして、なぜか
保健室になっていた和室で寝ていて、外を眺めていたことを
憶えている。
どちらにしろおとなしい子供だったと思う。
小学生の頃は、よく外で遊んだ。
バトミントンをしたり、
田んぼの畝を飛び越えて走り回ったり
秘密基地を作ったこともあったように思う。
サワガニを捕まえたり
イナゴを捕まえたり
タニシをたくさん捕まえた時は
次の日みると、全部いなくなっていたことを思い出す。
6年の時は、「みなさん、お帰りの時間です。みんなおうちに帰りましょう」という放送がなるまで、学校で「けいどろ」というおにごっこをしていた。
今みたいに、塾へ行ったり、習い事をしている人も少なかったのだ。
2年生の時、私のお誕生日にお友達が来てくれて、
みんながフィンガーファイブの歌を歌ったのに
自分だけ知らなくて泣いたのを憶えている。
たぶん、自分だけ知らなくて悔しかったのだと今になって思う。
3,4,5年生は持ち上がりで、同じクラスだった。
ニックネームがなかった私は、なぜか「らんこ」と名付けられた。
最初「ぴんこ」と言われたのだが、嫌だと言ったのだ。
そのころ、テレビで「ぴんこのぴーんぴんぴん」というシャーペン?のCMがはやっていた。
だから、「ぴんこ」。人間は単純だ。
同じクラスで、帰りも一緒に帰ってくるグループがあった。
一人の子が強い子で、みんな怖がって言うことを聞いていた。
私が何をしたのか憶えていないが、友達が心配して家に来てくれたことがあった。
彼女がすごく怒るんじゃないかって。(何したんだろう?)
私は全然怖くなくて、
「みんなで、抵抗したり、嫌って言えば簡単にやっつけられるのに」
って思ってた。
続く・・・
