ある本で、簡単なワークがのっていました。
赤ちゃんになって「されたい」「されたい」と
言い続けるというものなのです。
「されたい」がなくなった時、平和が訪れるとのこと。
おもしろいワークだと思ってやってみると・・・
「愛されたい」
「大切にされたい」
というのが出てきました。
でも、よく感じてみると
左半身からは出てこず、右半身から出てくる感じなのです。
左は受け取り、右から出ていくといいますので
受け取るところから「されたい」が出てこないというのは
受け取ってはいけない
と思っているのだろうかと
思ったのです。
よくよくみてみると
「されたい」と要求して
両親に迷惑をかけてはいけない
というものを感じました。
赤ちゃんなのに、そんなこと感じてたのね・・・
健気さに、とてもいとしくなりました。
「もっと求めてもいいんだよ」
「もっとされたいと言っていいんだよ」
と言っていると
だんだんと左半身にもエネルギーが通ってきました。
そうすると、今まであった
「大切にされたい」
「愛されたい」
がなくなり
「されたい」がすべてなくなった感じがしたのです。
何かと「手放すこと」がいいように思われますが
手放そうと努力するよりも
「自分を許してあげること」の方がいいこともあるのかもしれませんね
赤ちゃんになって「されたい」「されたい」と
言い続けるというものなのです。
「されたい」がなくなった時、平和が訪れるとのこと。
おもしろいワークだと思ってやってみると・・・
「愛されたい」
「大切にされたい」
というのが出てきました。
でも、よく感じてみると
左半身からは出てこず、右半身から出てくる感じなのです。
左は受け取り、右から出ていくといいますので
受け取るところから「されたい」が出てこないというのは
受け取ってはいけない
と思っているのだろうかと
思ったのです。
よくよくみてみると
「されたい」と要求して
両親に迷惑をかけてはいけない
というものを感じました。
赤ちゃんなのに、そんなこと感じてたのね・・・
健気さに、とてもいとしくなりました。
「もっと求めてもいいんだよ」
「もっとされたいと言っていいんだよ」
と言っていると
だんだんと左半身にもエネルギーが通ってきました。
そうすると、今まであった
「大切にされたい」
「愛されたい」
がなくなり
「されたい」がすべてなくなった感じがしたのです。
何かと「手放すこと」がいいように思われますが
手放そうと努力するよりも
「自分を許してあげること」の方がいいこともあるのかもしれませんね