「記号論」で有名なイタリアの哲学者
ウンベルト・エーコ
彼の小説「薔薇の名前」は
大学の時に読みました。
話の流れはとても面白かったのですが、
背景にある普遍論争の
唯名論とか実在論とか…。
追い切れませんでした![]()
(今読めば、もしくは映画を見れば、
もう少しわかるでしょうか?)
なぜいま
「薔薇の名前」を思い出したかと言うと
「カボチャの名前」が
わからなかったからです。
この写真を北海道から九州まで
ありとあらゆる野菜に詳しい方に
メールで送ってみたのですが…
沖縄の島カボチャの一種?
そうめんかぼちゃ?
ひょうたんかぼちゃ?
福井のメロンで似たのがあるような?
全員から「?」つきで
お返事が返ってきました![]()
みなさん共通しているのは
「うちの近くにもあった」
「どこかで見たことがあるような…」
でもわからない。
私もそうなんですよね。
普遍的な「カボチャ」は
あくまでも名として存在する。
普遍的な「カボチャ」は
具体的に存在する「カボチャ」
とは別に形相として実在する。
唯名論…実在論…
そろそろ、皆さまを
煙に巻けたでしょうか?
(私もよくわかってませんよ~
)
もー面倒くさい
「名前がわからなくても
美味しくたべられれば、
いいのでは?」
と思っていただければ幸いです。
野菜や果物の知識が増えたことを
素晴らしいことと思っています。
でも、その一方で
情報に頼りすぎるようになりました。
最初に品種をきいてしまうと
こういう味でこういう調理をしようと
情報が出てきてしまうのです。
たとえば
「メークィーンは煮崩れないからカレーにしよう」
とか、そういうことです。
もちろんこれは、講座などで
多くの方にお話しするうえで
とても大切な知識です。
しかし、同じ品種でも
作り方や時期や産地…
すべてそれぞれ個性がある…
このカボチャに出会ったことで
「目の前にある野菜そのものに向き合う」
ということを改めて意識した気がしました。
「単純に」美味しかった
このカボチャに敬意をこめて…
stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus
「薔薇の名前」の有名な一文
.rosaをcucurbitaに置き換えたいと思います![]()
(cucurbitaはラテン語でカボチャ。
ラテン語は学名に使われているので
野菜ソムリエのマイスター試験の時に覚えましたが、
試験では一問しか出ませんでした
)
名は記号にすぎない…
おのおので向き合い
意味を持たせよ
とはいえ、野菜ソムリエとしては
このカボチャについて
わからないままにはできません![]()
見覚えのある方、
名前やどのように食べているかなど
どうか教えてください![]()
※これを送って下さったのは
九州のとても有名な方です。
ファーブルを原書で読むなど
とても博覧強記でな方で
日本全国から教えを請いに
いろいろな農業関係の方がいらしゃるそうです。
お会いするのにみなさんが緊張しているのをみて、
意味もなく緊張しちゃったわたし。。。
このカボチャは私への課題で
この草子は「今の私」が向き合った過程でした。
もう…煮るなり焼くなり…(TωT)
おねがい![]()
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