こんばんわ~![]()
子どもの頃、おばあちゃんと私は
とても仲良しでした![]()
そして、よくほめてくれました
「世が世なら、姫様だったのに」
と、ことあるごとに言っていたので
私は、とってもうれしくて
’ホントならお城で、大きなリボンのついた
ドレスをきたお姫さま~だったんだぁо(ж>▽<)y ☆
もちろん金髪巻き毛’
と、思っていました
すこし大きくなって、言葉のニュアンスを
察知できるようになると
「世が世なら。。。」 → 「今は、たしか昭和」
「姫様」 → 「:*:・( ̄∀ ̄)・:*:」
「だったのに」 → 「仮定法過去完了の否定文」
そして、私は
「どうして、世の中はかわっちゃったの
」
と思うより早く、おばあちゃんの言葉は
妄想だということに気づきました
さらに、大人になった時には
「世が世なら、裸族かも
」
という疑惑もよぎり
「世が世なら~」説は、私の中で
おとぎ話となりました
女の人の思い込みは、岩をも通す(←
)
と、思っていた矢先
歴史研究家の先生方が現れて
うちの蔵の中に入り浸り
古文書や、さまざまな物品、お墓を
調べるようになりました
97歳のおばあちゃんは
この本に書いてあるところの
武士の孫というポジション
激動のパラダイムシフトの中
身分を保証してくれるものが
なくなった頃のザンネンな人
「世が世なら」 は、自分への言葉
だったのかもしれません
今、この地味な内容の本が
本屋さんの目立つところに並び
映画化されるのには
本の帯にある
’すさまじい社会経済変動を生き抜いた
家族の記録’が
今の世の指南書となりえるから
「リーマンショックの前なら」
「100年に一度の大不況がなければ」
この言葉が、もう古めかしく感じるのも
激動の世を体感しているから
『武士の家計簿』 磯田道史さん著
本当のことが、おとぎ話に思えるほど
世の中は変わっていくということを
受けいれられるようになる本でした
