今日は、ぴーの高校の卒業式でした

私の親友達と大切な人からもらったお祝いメールで気付いたことがありました



『 20年前・・・

私は友人の紹介でShoという男性と知り合い、お付き合いをして誰の反対もなく結婚しました・・

結婚してShoの両親・80歳のおばあちゃん・妹・柴犬のコロと一緒に生活することに何の抵抗もなく、嫁として家に入りました(私の母がそうやってきたのを見てたからかな)

結婚当時は仕事を続けていましたが、ぴーがお腹に入って7か月位で仕事を辞めて専業主婦に転職しました

Shoは毎日車で勤務先まで1時間40分かけて通勤をしてました・・
毎日、毎日帰ってくるのが心配で堪らなかった新婚生活を覚えています

家族も仲良く、何もかもがうまくいっていた・・


あの時期までは・・・



Shoが突然の病に侵され、入院することに・・
            私は妊娠8か月に入った時だった・・


大きくなるお腹を抱え毎日Shoのところへ通ったけど、主治医は私を避け、誰も本当の病気の事は教えてくれなかった・・

いつもShoは自分が苦しいのに私のお腹を擦っては『もう帰んな・・』って

私は決して悪い方向には考えられず、考えたくも無く・・早く治して退院できることを祈っていた

2か月が経ち・・

不安ながらも初めての出産へ向かった・・

田舎から出てきてくれた母に「Shoちゃんも頑張ってんだから、あんだも頑張んねげだめだ!!」と励まされた・・

4月の晴れた日にぴーを無事出産!!

今はあの時の陣痛の苦しさや痛みは遠い昔で忘れてしまいましたが、この子を早くShoのところへ連れて行きたくて・・退院して病院へ直行

主治医が「赤ちゃんのためにも少しの時間なら・・」と面会を許してくれた


病室が変わっていた・・

ナースステーション隣の個室・・

病室に入った時・・

増えている医療器具・・

声が出なかった


看護師さんが「パパ~待ってた赤ちゃん連れてきたよ~」って変わりに言ってくれた

Shoは動かない身体を起こそうとしながらも精一杯ぴーを迎え入れてくれたけど、私には声を振絞り「なんで空気の悪い病院に連れてきたんだ!」と怒っていました

一週間合わなかっただけなのに良くなるどころかやせ細り、悪くなっているShoの姿に病室を出た後、泣き崩れました


そして・・ぴーが生まれて44日目

             ・・Shoは遠い空へと旅立ちました 24歳でした       』



その後、一時期田舎に帰ったり、戻ってShoの両親と同居したり、出たりいろいろありながら18年経ちました。



今、私たちの事を支えてくれている大切な人からの卒業祝いのメール・・そして親友からも・・

「ぴーの成長振りを天国のShoさんも喜ばれていることでしょう・・」
「頑張ったね・・」
「もう自分の事も考えた方がいいよ・・」

ぴーを育てることに無我夢中だったのか・・
もう大人になっていることに気付いていなかったような気がする

ぴーは父親の存在を知らずに育ったので、なにか不足しているものがあるかもしれません。

でも、出会う人に恵まれ、多くの人に支えられ、教えられてきたので、大きく横にそれることなく今を迎えることができました。

これもいろんな人の支えがあったからこそ・・だから、出会ったみんなに感謝したいと思います

そして・・遠い空からずっと見守ってくれているぴーのパパにも「ありがとう。」

ぴーのこれからの人生はもう自分で・・

母は親として見守っていこうと思います(まだ子離れ出来てないけど・・)



重いお話になってしまいましたが・・最後まで読んでいただきありがとうございます<(_ _)>
いろんな人生ありますが・・私の人生また書きます。