高校を卒業し…早生まれの私は18歳にならないうちに横浜のS社に入社しました。
バブルの絶頂期だったその頃S社の待遇は凄かった☆
田舎から上京するために両親も一緒について来て、交通費・宿泊2泊・中華街での顔合わせ夕食会・横浜観光案内等、全て皆の親の分も会社負担でいろいろやってくれました
今はどうなのかな…。
そして私達は会社の女子寮で生活することになりました…
6帖1間の2人部屋…トイレ・洗面所・ランドリー・大浴場・食堂・娯楽室が共同であり、当日携帯なんてない時代…公衆電話2台に寮専用黒電話1台で夜は空いてる時がなく電話待ち…。
寮母さんに203号室の部屋を案内され、ドキドキしながら初めて足を踏み入れた時、シーンと静まり返った部屋の隅っこに体育座りをしている大人びた女性が気配を消して居ました…
(うわっ〓いたんだ…
えっ?先輩と一緒なの?)
「は・はじめまして〓宮城からきました はるらん☆と申します!よろしくお願いいたしますm(__)m」
「あ…新潟出身の 早です!よろしく!」と低い声で返ってきました
(えっ?オカマ?この人と今日から一緒に生活するの…
)
ジリリリ~ン♪ジリリリ~ン♪部屋の電話が鳴り…早ちゃんが駆け寄り受話器を取った…
「もしもしぃ 早です。」(やっぱり声が低い)
『新入生は食堂に集まって下さい』(寮母さんからの声が受話器からもれている)
「はぁい!わかりました!」(えっ〓声が高くなった……早ちゃん何者?)
「食堂にきなせて。」
(きなせて???新潟弁で来て下さい。)
「あ…は…い。」
そして一緒に部屋を出た…あ…同級生なんだ。
そんな印象で出逢った早ちゃんとは職場は離れても休みが合えば買い物・海・ディズニー・スキー・温泉・ディスコ♪…いろんなところに遊びに行き春夏秋冬ずっと一緒にいて飽きない楽しい子でした。
お互いに好きな人できた時や好かれてしまった時はその相手を見極めるために視察にもいったりしたっけ…
もちろん仕事の事や好きな人にフラれて落ち込んだり…早ちゃんとケンカしたりもありましたよ。
でも何があっても早ちゃんの『そうゆうがん。』とか『そうするん?』新潟弁で言われるとなんだか許せちゃうというか癒されてました。
早ちゃんとは私に転機が訪れ付き合ってた彼と結婚することになったので3年間の付き合いでした。
今早ちゃんはいろいろ遠回りして新潟帰って結婚し、90歳の寝たきり御祖父様とお義父さんと旦那様と3歳の息子さんと男ばかりの中で農家の嫁として頑張ってるみたいです…早ちゃん偉い!
離れていても大事な友達…。
昔あった大切な事を気付かせてくれる…友達。