2月27日(火)午後、母が無事に退院しました。
退院して初めての食事は「大戸屋」の定食だったそうです。笑
この2週間前に循環器科の診察に付き添っていた実弟から「即入院」の知らせを受けたときは本当に驚いてしまいました。私は、どちらかというと認知症と精神疾患の症状のほうが重いのではないか?年末の狭心症もストレスから発症したのではないか?と思い込んでいましたが、現実は違っておりました。先に循環器科を受診すると決めた実弟に感謝です。
肺と肝臓に水が溜まっているので、まずはそれを解消することと、食道にカテーテルでカメラを入れ、そこから心臓を撮影して血栓がなければ電気ショックを与えて心拍数を正常に戻す方向で治療は進んでいきました。結果、心臓に血栓があったので、薬で徐々に溶かすことになりました。それと医師も「不思議なんだけどね」とおっしゃっていたそうですが、入院中になぜか心拍数が正常値に戻っていたそうです。恐るべし。笑
退院当日と翌日は、実弟がホームの同部屋に宿泊することになりました。
「どうする?」と尋ねたら母は「泊まってくれたほうがいい」と言ったそうです。
夜になって「母さん、最初からやりなおしー」とメッセージが来たので、
「ここはどこ?から?」と返信したら、どうやらトイレのことらしいのです。
入院中は、昼間は布パンツにおしっこパッド、夜は紙パンツにおしっこパッドと、使い分けていたようですが、ホームに戻って環境も(戻っただけとはいえ)変わって、昼と夜で仕様を変えるのは無理なような気もします。それと、おしっこも間に合わなくてパンツとズボンにかかってしまっているようでした。よくよく話を聞いてみると、まだ体内の水分を排出するために利尿作用のある薬を服用しているとのこと。「だとすると自分でコントロールできないし、思ったより早くシャーって出てるかもね」と返信してみました。
そんなこんなのメッセージのやりとりで、また気持ちが沈んだ私です。
やはり1日も早く、私も母と実弟のすむ町に引っ越したほうがいいのだろうか?東京にいると決めたのは傲慢だったのだろうか?と考えてしまいます。
が、実弟は「ケアマネさんに相談するね」とか前向きなメッセージを送ってきます。
そうか、なんとなく「私がやらなくちゃ」って思い込んでいるけれど、それぞれがやれることをやって頼るときは頼ろうと決めたんだったねと、思い出すことができました。
前に進まなくちゃな。
そんなふうに思いました。