おっちゃんと私はお茶を飲みながら、部活の話を楽しくしていた。

背後から突然声をかけられるまでは。


「あれ?!**?」

と声をかけたのは

担任のH先生だった。

私が職員室に行った目的は、体調が悪い振りをしてH先生に早退させてもらうように頼むこと。

体調が悪い振りどころか、クラスの球技大会の応援をさぼって

おっちゃんと楽しそうにおしゃべりしてお茶を飲んでるところを見られてしまった…!!

一番見られてはいけない、最悪のシーンだった。

もうだめだ…絶対叱られると思い、覚悟を決めた。


「○○先生(おっちゃん)とお話してたのか?」

もう言い訳はできない…

「はい…」

「そうか、よかったな。

でも、○○先生のお仕事の邪魔だけはするなよ」

それだけを言って、H先生はいなくなった。

H先生の言い方や表情はそこまで怖くなかったけれど、

心の中ではめちゃくちゃ怒ってたに違いない、と思った。

おっちゃんは、私とおしゃべりするために職員室にいたわけじゃない。

仕事が忙しいから職員室に篭っていたんだ。

忙しくなかったら、クラスの球技大会の応援に行っていたはず。

今のこの状態…

完全におっちゃんの仕事の邪魔をしてるじゃないか。


私が次に出るべき行動は、もう決まっていた。

「付き合うって何に?」

「外、暑かっただろ?冷たいお茶でも飲んでいけ」

予想もしなかったおっちゃんの誘いにびっくりして、言葉がすぐ出なかった。

「…」

「…いらない?」

「いらなくないけど…いいんですか?」

「いいよ」

「じゃあ…飲みます」

おっちゃんは笑って、手招きをした。


「ここに座って」

おっちゃんの席の隣から椅子を持ってきてくれて、座るように促した。

私はおっちゃんに言われたとおり、椅子に腰掛けた。

「待っててな。今持ってくるから」

おっちゃんはそう言ってすぐ、給湯室に入っていった。

おっちゃんってこんな風に話す人だったっけ?

久々だからか、前までのおっちゃんの雰囲気とか思い出せない。

でも、以前より優しいよう気がする…

もしかして、さっきの「やる気ゼロ」って言葉で怒らせたと思ったからかな?

それとも…私が気持ちを伝えたから…?

そういえば、こうやって話したの4月に告白して以来だ。

あれからもう3か月も経ったのか…

いろいろ考えていたら、だんだん緊張してきた。


「お待たせ」

おっちゃんはたっぷりお茶が入った湯のみを2つ、そろそろと持ってきた。

あまりにもの量の多さに、緊張していたのにちょっとだけ笑ってしまった。

「先生、何でそんなこぼれそうなぐらい入れてきたんですか?(笑)」

「たくさん飲むかなって思ったから…嘘。入れすぎた(笑)」

おっちゃんから湯のみをそっと受け取り

こぼさないようにそっと口をつけて一口飲んだ。

よく冷えたウーロン茶だった。

「あ、さっき饅頭もらったんだ。食べる?」

おっちゃんの机においてあった饅頭を取り出し、私に聞いてきた。

「いいんですか?」

「いいけど1個しかないから、半分こな」

おっちゃんは饅頭の包み紙を取り、半分に割ると、私に片方を渡した。

その饅頭を一口ほおばる。

餡の甘さが口いっぱいに広がる。

「おいしい」

「そうだな…ふっ」

「えっ?」

「お前は相変わらず、美味しそうに物を食べるな(笑)」

「あっ!ひどい!バカにした!」

「してない。正直な感想を言ったまでだ(笑)」

「したよ!鼻で笑ったもん!!」

おっちゃんは饅頭を頬張りながら笑っている。

そうだ、おっちゃんはこんな風に笑っていたな。

徐々に、今までのおっちゃんとの接し方を思い出してきた。

緊張もほぐれてきた。


「あー、本当に久しぶりすぎる」

「何が?」

「先生と話すことが」

「うん。…そうだな」

「隣のクラスでも、全然顔会わないもんね」

「…まあな。俺、2組の教室の前通る機会がないからな」

「…そうだよね」

わかっているけれど、はっきりそう言われると悲しくなる。

しばらく無言が続くと、おっちゃんは話題を変えた。

「そういえばさ、今年のコンクールいい感じで仕上がってるぞ」

「あ、そうなんだ!今年は県でも金取れるといいね~。地区大会は聴きに行くよ」

「おー。聴くのは先輩として当然だからな(笑)」

「わかってるよ!(トラン)ペットの子達に差し入れのドーナツ買ってこなくちゃ」

「俺の分もあるんだろ?」

「えー、何で先生の分まで買わないといけないのー?(笑)」


涼しい職員室で

好きな人と

冷たいお茶に、さらにお菓子まで食べれて

たのしくおしゃべり

こんな天国のような幸せ

もちろん、長く続くわけはなかった。

7月

3年生になってから3か月が経った。

私はクラスになじめないストレスで5キロほど体重が落ちた。

学校に行く気力がないときもあったけれど

チカちゃんがいてくれることが唯一の心の拠り所だった。


そんなある日、球技大会の種目希望表が授業中に回ってきた。

私は手術後の左手がまだ治療中で(通院して経過を見せるだけでしたが)

左手に負担がかかるようなスポーツはまだ禁止されていた。

球技大会の種目はバスケとドッジとバレー。

どれも左手に負担がかかりそうだったから、名前を書かずに回した。


その日のSHRの後、クラスのリーダー格の女の子に声をかけられた。

「**さん、名前書いてないけど…」

「あ、手がまだ治ってないからちょっと…」

「やらないのね、了解」

それだけ言って、立ち去っていった。

何それ。

やらないんじゃないよ、やれないんだよ

本当にいやだ、このクラス…大嫌い

しかも、さらに追い討ちをかける出来事が。

球技大会前日の夜、携帯を見るとメールを受信していた。

チカちゃんからだった。

『すごい熱出てきた。明日は学校行けないかも』

実はチカちゃんはこれまで欠席も遅刻も早退もしたことがなく

卒業式に皆勤賞で表彰されることを目標にしていた。

この日、チカちゃんは身体がだるい~ってぼやいてて

授業中もほとんど寝ていたのを思い出した。

『大丈夫なの?明日球技大会だけだし、無理しないで休んで!』

と返信した。そして熱が今夜中に下がりますように…と祈った。

翌日

チカちゃんはやはり学校を休んでしまった。

私、一人でこんなクラスの球技大会の応援だけしないといけないんだ…

とりあえず校庭に出て、女子バレーボールの試合を観にいった。


暑い…

みんな、すごい真剣で、点が入るとすごく嬉しそうで、

応援しているクラスの子もすごく楽しそう。

その中で私は一人、無表情でただ試合を見ている。

みんなお揃いのクラスTシャツを着ていて、私だけ一人制服。

とにかく、浮いている。

きっと、クラスのみんなは私のことなんてクラスの一員だとも思ってないだろう。

私も思いたくない

もう、嫌だ…


「もう、帰っちゃえよ」

私の心の中のサボり魔が誘惑している。

サボり魔の誘惑に、簡単に乗ってしまった。

体調が悪そうな顔を作り、担任のH先生に早退させてくださいと言おうと職員室に向かった。


職員室に入ると、クーラーが効いていて、汗がすっとひいた。


「こんなとこで何してるんだ?」


聞き覚えのある声。

おっちゃんが

私の姿を見て、目を丸くしている。

久々におっちゃんに話しかけられ、嬉しいはずなのに少し緊張を覚えた。

球技大会の時には必ず着ているエメラルドグリーンのジャージを、今日は着ていない。

「先生は行かないんですか?1組の応援…」

「仕事が忙しいから、今のうちに片付けようと思ってさ…」

「…大変ですね」

「お前こそ、着替えないで…やる気ゼロだな(笑)」

この言葉が、胸に突き刺さった。

「やる気とかいう問題じゃなくて、できないから」

ムッとしながら言うと、おっちゃんははっとした顔をした。

「ああ、そっか…手…ごめんな」

「…」

「チカは一緒じゃないのか」

「チカちゃん今日風邪で休みです」

「えっ?あいつ休み?珍しくないか?」

「…先生、もう私行きます」

早くH先生の所に行こう…と思って職員室の奥の方へ向かおうとした時

「ちょっと待て、**」

振り返ると、おっちゃんはにやりと笑いながら

「時間あるだろ?ちょっと付き合え」

と言った。

「…いえ、大丈夫です」

「え?」

「だって、私の担任は、H先生だし…」

「それは気にしなくていいんだよ!本当に!!」

「○○先生だって、クラスの子のことや部活で精一杯だと思うから。

私はこの2年間、○○先生にはすごくお世話になったし、たくさん迷惑をかけてきたのに、これ以上迷惑かけたくないです」

「もちろん迷惑はかけてはダメだよ。でも、**が元気ないのを○○先生が見たら、やっぱり辛く思うんじゃないのか?」

「関係ない生徒を見てる余裕なんてないですよ」

「関係ないって思ってる生徒のことで、俺に『よろしくお願いします』なんて言うか?

…言わないだろう?」

「…」

「そんなことで迷惑とか思うような先生じゃないから」

「そう…ですかね…」

おっちゃんの話をすると、やっぱり泣きそうになってしまう。

H先生はそんな私の表情に気づいたようで、いきなり話を変えてきた。


「え、えーと…**は私立の4大希望でいいんだね?」

「え?あ、はい…」

突然の話題転換に戸惑いつつ、成績の悪さを特に注意されるわけでもなく、無事に面談が終了した。

(正直進路の話より、おっちゃんの話の方が多めでした)


その後、遠足などの学年全体のイベントもあった。

しかしおっちゃんと話す機会はもちろん、顔でさえもほとんど合わせることもなかった。

そして、クラスになじむこともなかった。



そのまま3ヶ月が過ぎ、夏を迎えた。

絶対怒られる!!そう思った瞬間

「進路とか、全然関係ない話なんだけど…」

ん?

H先生は、さっきまでの渋い顔から少し苦笑いのような表情に変わった。

「俺が担任になっちゃって、ごめんな」

「へ?」

怒られると思ってた私は、つい間抜けな声を出してしまった。

「…○○先生が、**のことすごく気にされててね」

おっちゃんが私のことを気にしている??

どうしてH先生がそんなこと知ってるの???

H先生の言葉を聞き、動揺が隠せない。

でも、とりあえずフォローしなくちゃ…

「い、いや、私はH先生が担任でよかったと思ってますよ。

それに、○○先生は私が成績悪いの知ってるから、それを心配してるだけですよ!卒業できるかな??って(笑)」

私が笑いながら(多分表情は引きつっていたと思う)そう言うと、H先生もつられて笑っていた。

「これは話すべきことじゃないのかもしれないけど…**のために話す」

私のため??

H先生は、私に言い聞かせるように話し始めた。


H先生の話…

クラス担任を決める学年会議があった日のこと。

生徒のクラス割り振りは既に決まっていて

あとは担任が誰になるかということを決めるだけだった。

2組は、素行不良の生徒や極度の成績不振の生徒が誰もいなくて

先生たちからしてみれば「楽なクラス」に見られていたらしい。

文系の先生多くが、2組の担任を希望したということだった。

その中に、おっちゃんもいた。

でも、希望する先生が多かったため、公平なあみだクジで決めることになり…

H先生が3年2組の担任になることが決まった。

会議が終わってから、H先生はおっちゃんに呼び止められた。

『2組の**paruoのこと、どうかよろしくお願いします』

といって頭を下げたそうだ。

そして、始業式の日(私が告白した日)の会議が終わった後にも、

私のことを頼むと言ってH先生に再び頭を下げたという。

という内容だった。

「**のことを見てあげられないことを、すごく気にされてるみたいだよ」

と最後にH先生が言った。


H先生は一切このことには触れなかったが、

私がおっちゃんに好意を抱いていることを知っててこの話をしたんだろうな、と思った。

H先生はすごい生真面目で嘘をつくタイプではないと知っていたから、話を聞かされて驚いた。

おっちゃんが心配していてくれた…

しかも、告白する前から…

このことを知り、胸が熱くなるのがわかった。

おっちゃんが「担任になりたかったけどなれなかった」という話をした時、私は絶対嘘だと思っていた。

私が告白したから、そういう風に言っただけだと思ったから。

でも、嘘じゃなかった…

私、おっちゃんにひどいこと言ったな…

「何か悩みとかあったら、俺だってもちろん聞くし、○○先生に相談してもいいんだからな?」

私に気を遣った、H先生の優しい言葉。

でも、どうしてもH先生は本音じゃなく、教師としてのタテマエで言ってるようにしか思えなかった。

担任で、担当教科も同じなのに、おっちゃんばかりに質問したり相談したりしてる私の姿を見たら

H先生だっておもしろくないと思うだろうし…

私はH先生にいい返してしまった。