今日の鬱度。40%![]()
昨晩も、頓服には頼らなかったものの、ぐっすりは眠れず…。
頭の中が、霞がかったように、ぼんやりする。
そうして、少しばかり、現実が、遠くに感じる。
浅い眠りの中、私の家族の、夢を見た。
父や母、そうして久しぶりに、昨年亡くなった、祖母も出てきた。
でも、あんまり良い夢ではなくて、目覚めてホッとする。
祖母は、2011年3月11日、東日本大震災の直後に、この世を去った。
祖母の兄弟や親戚、私の父母・姉・甥に看取られながら…。
祖母は、パーキンソン病を患い、自宅での介護が難しくなり、施設に入所。
だんだん、体が動かせなくなり、食事が、飲み込めなくなり。
とうとう、誤嚥性の肺炎を、起こしてしまった。
私も、数日前まで、実家に帰省していて、状態がよくないのは、知っていた。
11日は午後から、パートがあった為、出勤して、翌12日に、オットと共に、再度、行く予定でいた。
しかし、11日の午前中、姉から、祖母が危篤状態なので、今から来たほうが良いとの、電話が。
親戚にも、連絡をとっているとのこと。
姉も、その日の朝、仕事を休み、実家へ帰省していた。
私も、パート先に、欠勤の連絡をいれ、普段は乗らない、特急電車に乗り、祖母の施設へ。
すると、既に、親戚や家族が、祖母の周りに集まっていた。
祖母は、酸素マスクをつけ、意識のない状態。
厳しい状態であることは、私にも分かった。
施設に到着してから、一時間足らずで、あの地震が…。
今まで経験したことのない、長くて、大きな揺れ。
その影響で、一時的に、施設の電源がダウン。
そうして、祖母の呼吸器が、止まってしまい、祖母の呼吸も…。
私は、地震と、祖母が亡くなった、ショックで、廊下にしゃがみ込んでしまった。
そこから先は、お通夜やら、お葬式やら、色々あったのに、実感を伴う記憶が、あんまりない。
姉と甥、また私の、住んでいるところに比べると、実家近辺は、地震の被害が、ほとんどない地域。
祖母の所にいなければ、間違いなく、もっと怖くて、大変な経験をしていただろう。
祖母が呼び寄せて、守ってくれたのかな。
祖母らしい、最期といえば、最期だったのかな。
置いてかれちゃった…、と今でも、とても悲しくて、寂しいけれども。
こちらは、生前、祖母が、元気な頃に編んだ、カスパリー編みの品々。
私は、この世に、そして誰かの胸に、こんな風に、何かを遺して、旅立てるんだろうか。
今日の夕食。![]()
ご飯・お味噌汁(ピーマン・お豆腐)。
鰯の塩焼き・エビチリ・芋茎と油揚げの炒め煮。


