このところ独学に励んでいたが。
人生とは苦手なことを身につけるには短すぎるな。英語や新しいプログラム言語なんていまさらできてなんになるか。
私の父が国立大出なのが災いした。なんでもできるようにしつけられたから。私が、「この科目は苦手で……」などというと、「苦手とはなんだ!」と怒鳴り散らすような父だった。
かつて社交性に欠けていた私は、極端に語学には無関心だったから英語はできなかった。読書は好きだから現国と英文の読みだけはそこそこできるようになったが。ただし国語ですら、本で読んでいても会話で使わない単語なんて音読の間違いが多すぎるし、小説を仮にも書いていたのに文法に誤りが多い未熟さ。
生物が理科ではいちばん得意だったのに、比較的苦手な物理部に所属し。物理の中でいちばん電気が苦手なのに工学部を志望し。数学が苦手なのに数学がいちばん重要な情報科に進んだ。これでは落ちこぼれて当然だ。
数学が苦手でも、国語と社会科知識あれば学べる理系学科があると知ったのは遅すぎた。
しかしやりたいことを学べたのだから幸せだな。中退したが、大学は無意味ではなかった。苦痛の方が大きい環境であれ。
といっても、勉学とは基本ひとりで行うものだな。学校の単位は一科目一年四単位だが、その四には講義とは別に独学での予習と復習も含まれているのだから。
いまは岩波文庫に傾倒している。韓非子はいま最後の四巻目を読んでいる。その影響で購入した老子も読み進めた。これらはなまじ論語よりおもしろいな。韓非子は孔子の教えにも反論しているから。そして伝説では老子のことを孔子は龍と評したとか。
公的には論語、私的には老子という。私には老子の方が合うようだ。