ロープを川の上に長く二重に水平に張っての、滑車による「浮かんだ」となり村救出劇は、うまく行きそうに思えた。二重というのは、ひとつはピンと張った吊り下げ用、もうひとつは救難者を引っ張るためのものだ。しかし想定外のことは起こるものだ。
真理はうろたえて声を上げていた。
「誤算だわ! 無限袋はそのこぶし大の入り口に入るものしか吸い込めないのね……小さい穀物なら取れるけれど、回収の速さにも限界がある。まして水攻めにするくらい水吸い込むなんて時間的に無理!」
逢香も断言する。
「補給が途絶えればこの冬籠城できないわよ。こうなったら総力戦しかないわ!」
涼平はむすっといった。
「直人、参謀はお前だぞ!」
「は、おれなんかに任せるからこうなる。力押ししか考えられないのか?」
と、ここで突然戻ってきた(早すぎ!)時雨はさらりといった。
「でも、敵将の首は取ってきたよ。馬鹿でかい骸骨騎士だった」
ここで場は壊れた。敵将を仕留めたって、この困窮下で。時雨、信じられないヤツ……
「だったらあとは雑魚、とはいかないな。敵は人間や悪鬼と違い、将軍が倒れても戦い続ける。もっとも、人間の妖術師がまだ他に多数いる証拠でもある……」
ここで皮肉に吐き捨てたおれに、時雨はきょとんという。
「僕ちゃんなら、一人で千匹は足止めできるけれど……」
千秋は悲痛に叫んだ。
「時雨ちゃん、無理しないで! いまは私の能力まだまるで働かないのよ……」
「なにも正面から攻めるとはいっていないよ。自滅なんて僕はしない。殺しも嫌だしね」
「策があるのね!」
おれは気付いていた。
「陽動作戦か……単身敵陣の死角に殴りこんで、足止めをさそう」
「そうだよ、おおむね。直人ちゃんはその間どうする?」
「火酒を飲みながら、後方でのんびり戦況を確認するさ」
のらくら言うおれに、真理はかみついた。
「こら! こんな危機に……」
「直人のことだ、考えがあるだろうな」
涼平は腕組してうなっていた。
そう、策を実行に移す。おれはとうとうと説明する……
貧乏人の核兵器、毒ガスを使えれば良いが、あいにくもう毒は切らしている。しかし、たっぷりとある粉ビールの粉末は可燃性だからそうとうな威力となる。これを存分にばらまく。風上に位置しているから、その背後から行わなければいけないが……
それとまた、まきびし。兵士ではない村人に任せ突貫で作らせる。鋼材の針金を三角に四足で組んで、広範囲にばらまく。数が多すぎていちいち毒は使えないが、腐った汚物を塗り込める。踏みつけた敵は破傷風となる。
……これらを説明すると、反対の声は出なかった。おれなんかの愚考に賛成した、というよりはあまりの絶望の淵、選択肢がないのが理由か。
真理はふと打開策を提案した。
「ここの山からは硫黄が取れるのね。松も生えているから、松ヤニと混ぜればなかなかの毒ができるわよ、お手軽に焼いて毒ガス。これは村で手の空いた非戦闘員に頼むわよ! 風向きからして、山から吹き下ろしているのが難点だけど」
どっと賛同の声が上がった。おれも内心快哉を上げた。ならば『生身の』敵は大打撃を受けるはずだ。この戦い、まだ見込みある。兵士と民兵の士気が瓦解して潰走することだけを心配すればいいか……