「あれ……一晩でまたかなり成長した気分だな」
楽しい酒池肉林の大宴会は過ぎ。おれ直人は朝を迎え、そうつぶやいた。唯一の心残りはこの寝台におれ一人で、真理がいないことくらいだ。
寝室を出てみたら真理たちはすでに起きて、正装している。
真理はきょとんと言う。
「私もなんだかすごく冴えた。純金貨で72枚払えば、すごい魔法使えるわ!」
「資金はいくら残っているかな……まあ生きて行くのには余裕だが戦い抜くには疑問だ」
涼平は忠告してきた。
「そうだ、直人。悪鬼はたくさんいるぞ。とても人間では太刀打ちできない数!」
無視して酒をあおる。知ったことか。だがおれはこの力どう使おう。
真理は宿の中庭の地面にコンパスと分度器で、なにやら幾何学図形を描いていた。円と五芳星、六芳星。で呪文を詠唱している……?
なにか地響きがしてきた。魔法の霊気が広がるのが解る。身体がぞっと痺れる。
真っ黒な異形の巨体が、揺らぐ陽炎のような不定形な魑魅魍魎から、明確な身体を持った姿にゆっくりと実体化していく! 汚物の腐臭が漂う。
なんだこの化け物は? 闇に包まれたかのような黒い醜悪な魔物……嫌らしい汚いハエ。それも全長30mはるかに超える、おぞましい姿の……そう、これこそまさに悪魔!
一気に酔いが醒めた。否、回った。おもわずもよおし嘔吐する。おれとしたことが……なんて醜態。その汚物に、たちまちハエが群がってきやがった! こんな季節に……
真理は嬉々として話している。
「最強クラスの魔王、『ハエの王』よ。大食を司る。なにを願おうかは……」
悪魔を召喚? それも魔王。おれはとっさに割って入り、叫んでいた。
「願いはひとつ。『ハエの王』は、おれと真理に二度と関わるな!」
と、巨大な悪魔は凄まじい力と速さで空に舞い上がった。羽ばたきでけたたましい騒音がし、居並ぶ兵士たちをパニックが襲った。
誰かが悲鳴を上げるとあとはあっけなかった。たちまち山を崩し逃げ散って行く。追い掛ける術はない。千兵みんな逃げて行った。
真理は怒っている。
「直人、馬鹿、なにやっているのよ! せっかくどんな願いでも叶えられたはずなのに……魔王を現世に放ってしまったわ」
「いろいろ伝説は聴くだろ。悪魔との契約は、必ず皮肉に叶えられるって。大それた願いをしていたら、おれたちは破滅していた!」
「そこを逆手に出し抜くのが魔法使いよ」
「真理が賢いのは認めるが、人類が生まれる、そのはるかむかしから生きていたデーモンに対抗できるとでも? 口頭の約束なんて、どうとでも取れる。同音異義語がいくらあると思っている!」
「魔王を現世に放った。大迷惑ね」
「真理の願い聴いてもきっとそうなっていた」
「兵士たちは逃げだしたわよ! どう責任取るの?」
「脱走兵は処刑といっても、みんな逃げるわな、この事態では。おれも逃げようとした身、責められない。現有戦力で戦おう。どうせ窮地で逃げ出す兵士なんていらない。いやいや指揮する前に判明してむしろラッキーさ。さもなくば土壇場で脆くも全軍潰走し敗北みな戦死していたからな」
「では王国へは、兵士は遊撃と偵察任務で散ったと報告するわ。現有戦力……この六名ね」
散った部下の兵士たちに、おれは参謀としての地位を放棄されたも同然だったが。ま、おれはどうせ無頼さ。と、余裕でニヒルに構えてみる。